日本国の本当の借金はどの位か!

今回のテーマは検証した内容ではなく一部の方が指摘している事が本当かどうかを述べることにする。日本国の借金は増加し続け、今や800兆円の大台となり、消費税の大幅アップしか打開策がないと言うのが一般的に知られていることである。しかし、これは決算した数字でなく借金だけを公表した数字で、資産を考えると全然違うと言った声が聞かれる。資産とは何かと言えば、大きな物は国が保有する米国債である。この米国債の残高が500兆円あると言われている。このため、実際の借金は差し引きすると270兆円程度と大幅に減少することになる。もちろん、米国債が簡単に売却できる代物かどうかの議論は抜きにしてであるが。この270兆円から更に国内の国有財産分を差し引くと幾らになるかは知らないが、推測するに大した残高にはならないと思える。これで政治家と役人が危機感を持った政治を行わない理由も分かると言うものである。然も、今の日本の政治は生命の危険と背中合わせの状況にはないので、真の政治かも官僚も育たない。自民党総裁選挙の候補者5名に関しても一国の宰相になる器の人材ではない。一方、民主党の小沢一郎も官僚を支配するために国会議員100名を官庁の要職につけるなどの馬鹿な政策を打ち出しており、これまた期待する様な人物ではない。予算資料を読めれば官僚など簡単に支配できるのである。勉強もしない政治家が多いので官僚に嘗められるのである。国の真の借金の残高の知らない国民は不幸である。

何のための条例「神奈川の禁煙条例」

神奈川県の松沢知事も他に遣る事があるだろうと思う。道路や公共建物内の「禁煙条例」なら未だしも飲食店内など民間施設の禁煙など余計なお世話である。飲食店などは分煙を認めると言った案が出ている様だが、飲食店などは営業上既に分煙などを行っている店は多い。バーやパチンコ店、マージャン店の禁煙なども然りであるが、「シガーバー」はどうするのか。狭いバーで分煙などのスペースが取れる訳がない。今回の条例は表面的には県民の健康を維持して健康保険料の軽減が目的なのであろうが、実際はこの様な愚策を行うのは選挙に向けた資金集めと支持の拡大のためであろう。この条例が施行されれば改修工事をする必要があり、儲かるのは建築関係業者である。松沢の正体見たりである。物価高の消費不況に陥り、売り上げ減少に泣いている飲食店舗に対して配慮するどころか足を引っ張る政策を立案するとは言語道断である。この様な知事は再選させるべきでない。

本末転倒な話

新聞報道も政治家も国民の預貯金を投資に振り向けないと日本の企業と国家は駄目になると喧しい。日本国民は堅実だから低金利でも投資は行わないと言う見方は否定しないが、預貯金が投資に行かない最大の原因は国民の政治不信・行政不信にあると言う事実である。20年前のバブル経済は企業や国民が引き起こした様に言われているが、プラザ合意による内需喚起などによる実際は政策の誤りであり、責任は行政と政治家に帰すべきものである。しかし、バブルの後始末の負担を企業や国民に転化して犠牲を強いたのである。バブル経済崩壊後の14年間の政策も国民を騙し続けている。規制緩和と言って上場企業を簡単に増やし、簡単に潰す政策を見ている国民が株式投資に積極的になる訳がない。外国投資がないと日本は潰れる様な大袈裟な評論家が多いが、日本における外国投資は発展途上国と違い日本国民のプラスになっているとは思えない。今回の株の暴落も企業業績と関係なく空売りを掛けて儲けている外資系証券会社の実態を見るとこの状況に株式投資を促している政治家などは国民に損を承知で勧める詐欺師と言わざるを得ない。日本経済の停滞は政治不信が背景にある。政治家は改革と言っているが国民に痛みを強いるだけで政治家と役人は何の痛みも受けていないのを国民が良く知っている。財政再建も本当に危機感があるなら政治家も役人も今の様な無責任な予算を組まない。実際は国民に煽っているほど心配事ではないのである。心配なのは財政再建を行わなければ利権が縮小するからである。言葉でなく真の改革として国会議員定数の半減や不要な行政組織の解体をすれば国民の信頼を取り戻せる。政治と行政が国民の信頼を得れば多くの問題は解決に向かうのである。本末転倒の議論はいらない。

人間不在の政治

読売新聞の「明日への話題」に掲載された作家「長部日出雄」氏の現在の経済に対する意見は説得力があった。世界経済を危機に陥れたサブプライムローンと言う問題に対して専門知識がないと言いながらこの様な金融商品を考え出した人も受け入れた人も、マックス・ヴェーバーが資本主義の発展の最終段階に登場すると予言した「精神のない専門人」であるとしか思えないと論じ、古典派経済学の学問の経済学は道徳哲学の一部であり、人間に関する科学として何より問題とするのは、経済的・社会的な生活条件によって育て上げられる人間の質だ、と言う認識をヴェーバーがフライブルト大学の教授就任講演において述べた事を指摘している。更に、ヴェーバーの経済学は財貨より先ず「人間」に関する学問だった述べ、翻ってサブプライムローンや日本の医療制度を崩壊に導きかけている政治家と官僚に共通するのは専ら数字上の計算に終始し、最も本質的な人間の姿を完全に無視していることであると指弾している。確かに、長部氏の指摘している通り今の日本の政治には人間と言う存在はない。最も、近年の経済学は複雑化した社会に対応するために学問的には社会科学の分野の範疇で研究が強化されてきたが、政治に関しては相変わらず人間不在である。今回の選挙に関しても党利党略で国民を考えた動きではない。福田総理の辞任は、公明党の圧力で遅くても来年1月に選挙を実施しなければならなくなり、支持率の低い福田では選挙を戦えないためである。今回の衆議院の選挙は自民党に不利だが、民主党の代表選で「小沢一郎」の他候補を認めない手法に対し、自民党は開かれた政党と差別化できる千載一遇のチャンスが巡ってきた事に活路を見出したことによる。世界政治経済情勢の最も重要な時に国内の党利党略で国益を失する両政党を支持する考えはないが、他に支持する政党が出てこない状況は嘆かわしい。コンピューターの発達が社会現象の分析を容易にし、人間より数字を重視するようになった事が悲劇を生んでいる。特に、若い世代はPCを通して安易に情報を得られたり伝達できるためにあやふやな人間の記憶に頼る経験を軽視しがちだが、コンピュータを万能視するととんでもない間違いに気が付かないで事故を起こす可能性は高い。また、重要な情報は人と人との交流から得られということも忘れてはならない。人を大事にしない組織は未来がないことに気付くべきである。我々の生きている世の中はやり直し出来るバーチャルではないのだから。

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