近代日本を創った男「伊藤博文」を読んで

亡父が私に名づけた名前なので感心はあったが、書店でこれまで伝記らしきものを目にしていなかったので人並みな断片的な知識しかなく、その生涯については触れる機会が無かった。今回、書店で偶然に伊藤之雄氏が書いた伝記、特に主観を排除するために彼が接した人達との書簡の遣り取りから実像を描いた点に興味が引かれて購入した。読み進むうちに伊藤博文と言う人物が正に副題の「近代日本を創った男」に相応しく、そこには私が知らなかった伊藤博文がいた。伝記を読むと人の成長には何が必要かも理解できるが、伊藤博文に対して明治の元勲の木戸孝允の言葉「剛凌強直(強く厳しく正直)」は従来の歴史的な評価とは異なる人物であったことが分かる。明治新政府の要人になっても憲法を作るためにドイツに留学し、1年半以上も一学生の様に学ぶ姿勢には驚かされる。また、行政の実務から入り指導者になったのでリアリストでありながら理念を持った政治家であった。勿論、リアリスト故の現実的な段階的な対応が大正、昭和に対して彼の理想と違った方向に行ってしまった責任もあると思われた。しかし、江戸時代の封建社会を明治と言う近代民主主義に変えた中心人物として伊藤博文が存在した意義は大きいと思わざるを得ない。時代が人を作るとは言い古された言葉ではあるが、現代を見ていると本当にそうなのかと考えてしまう。尤も、明治時代に憲法が公布され議会政治が始まったのであるが、この始まりの時から現代の政治と変わらない国民を無視した党利党略と自己の栄達だけを希求した国会議員を見ると、議会制民主主義とは何かを考えてしまう。また、近代日本の行政組織も現代の組織と変わらず膨張主義であり、その縮小に対して国益を無視して反対する姿も愕然とさせられる。しかし、伊藤博文は悲観的な状況にも拘わらず理念を求めて行動する姿には良い国を作るには何が必要かも教えてくれている。日本の平和を維持するには隣国の近代化が不可欠と考えて晩年になりながらも朝鮮、清に対して啓蒙を進めた姿にも悲壮さがある。現代の日本の政治家はちっぽけな領土問題で目くじらを立てる様な小人物しかいない。尖閣諸島の周辺に資源があるなら共同開発すれば良いだけのことである。アジアの問題はアジアの国々が解決しなければ歴史が逆戻りする。日本と中国が対立して喜ぶのは誰かを考えるべきである。良い時期に良い伝記が出たと考える。
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