現実を「経済成長が必要」と言う言葉で誤魔化している日本

高齢化社会を迎えて消費が年々落ちて行くのを避けられない現実を単に経済成長がなければ景気の回復は無理と言うロジックで誤魔化しているのが今の日本である。医療技術の進歩で長生き出来る様になり、日本の高齢者の人口増加は目を瞠るものがある。少子化でありながら全体の人口の減少はそれほど未だ起きてはいない。しかし、今後はターニングポイントを向かえ、少子化対策を打っても老人の死による人口減少は避けられずに年々一定規模で人口は減少すると推定される。これが何を意味するかを考えて議論しているケースは未だ少ない。誰でも分かる事だが、出生より死亡が増える事はその分消費が減ると言う現実である。この現実を数字で表すと、一人の老人が経済に貢献している消費を月10万円とし、年50万人の老人があの世に旅たったとすると、年間6千億円の消費が消える勘定となる。現在約1億2千万の人口が2千万人減少して1億人になると、6千億円×40倍=24兆円の消費が消えることになる。もちろん、この減少分を若い人が消費すれば帳尻は合うのだが、現実には"勿体無い"とか"節約"と言う標語で消費を少なくする宣伝が横行しているので、国内消費で補填するのは無理な話であろう。そうすると、経済成長を実現するには輸出と言うことになるのだが、40年前以上の日本のGDPなら兎も角500兆円を越す現在では国内消費の分を輸出で補う事は不可能なことである。この現実を分かっていながら国内の農業を犠牲にして輸出企業に対する助成策を声高に叫ぶ馬鹿な国会議員や学者が多くいる。この議論は20年前の経済バブル時代に言い古された言葉であるが、未だ間違った議論が横行しているのが日本である。マクロ的な見方からミクロ的な問題に目を移すと、分かり安い例として居酒屋戦争で低価格店が鎬を削っていることで理解できる。不思議な話だが、経済バブル崩壊以降に居酒屋が林立するようになったのだが、居酒屋戦争は需要と供給のバランスを欠いた典型的な事例であろう。この様な事例は今後多くの業種で起きてくる現象であり、需要と供給のバランスが合うまで続くと考えられる。不動産業界でも然りである。先進国と言われる国々は豊かになるにつれ皆少子化高齢者社会になるので、人口減少と消費の減少と言う経済的な問題に直面する。人口減少を向かえる国にとって国内消費の減少をどの様に防ぐかが課題であり、そのひとつに観光業が上げられるが、所詮は微々たる消費であり、人口減少で落ちる消費をカバーできるものではない。国として考えなければならないのは先ず国家予算を如何にして人口減少に備えて仕組み構造を変えるかが最重要となる。日本経済の繁栄など一炊の夢であり、消費減少の実態で地方が先行して衰退している現実に目を避けてはいけない。
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