不屈の春雷「十河信二とその時代」を読んで

新聞の広告に掲載された出版案内で目にしたので購入して読んだのだが、十河信二が世界に冠たる新幹線を造った人物であることが初めて分かった。しかも、後藤新平との出会いがその後の人生に大きく影響し、戦前戦後の活躍は驚くべきものであった。私と同様に多くの人が十河信二のみならず、日本の鉄道における狭軌と広軌の争いを知らずに新幹線の成功だけが伝えられているのが、日本の問題点の全てではないかと思った。特に、日中が尖閣諸島問題以来政治問題化している現状は、正に戦前の日本と中国が泥沼の戦争に突入するのを防ごうとして動いた十河信二を含めた多くの日本人が居たにも拘わらず、世論は中国膺懲論に向かって進み、最後は太平洋戦争に突入して自滅した展開と似ていると思わざるを得ない。尖閣諸島問題は中国が起こした問題ではない。石原慎太郎元都知事が世論を扇動して起こした挑発であることを顧みないのは、正に満州国を造り、更に中国北部を支配下にすると言う軍人の野望をマスコミが煽った時代と同じ間違いを起こすことになる。

十河信二の時代は、正に司馬遼太郎の「坂の上の雲」の時代であり、貧しい国家であったが鉄道などのインフラ整備を急ピッチで進め、近代国家に表面上は作り上げたが、統帥権を振り回した軍人と国民を顧みない政党政治の争い、更にはマスコミの戦争鼓舞で自滅の道を辿った。しかし、広軌鉄道の夢を諦めない十河信二が71歳の高齢で第4代国鉄総裁に就任し、現代に繋がる新幹線建設を実現する舞台が用意されたのには驚かされる。歴史には「もし」はないと言うが、十河信二を見る限り、歴史に一人の人物を登場させるには何らかの力が働いているとしか言いようがないと思われる。それにしても、単に頭が良いだけでは駄目なのが、十河信二の周りに登場する政治家、軍人、経済人、官僚を見ると良くわかる。また、マスコミやそれに登場する知識人が世論を誘導して最悪な道を進ませるのは何故なのかと思われて仕方がない。私は運命論者ではないが、十河信二の人生を見る限り、東海道新幹線建設と言う舞台が準備されていたと思われるのである。時代が人を造るのか、人が時代を造るのか。本を読んでこの様に思ったのは英国の英雄であるチャーチルの伝記を読んだ時と同じである。

何れににしても、日本がアジアの一員であり、アジア人同士が争っては益がないことを十河信二の伝記を読むと分かる。今の日本が中国や韓国と対立を煽る情報で一杯なのは何故かを考えるべきだ。日本は同じ過ちを繰り返してはならない。マスコミや知識人と言われる連中が性懲りもなく中国脅威論を唱えるのは、戦前の中国膺懲論と同じと思わざるを得ない。新幹線を世界に冠たるものと思うならば、それを実現した十河信二の生きた時代も知るべきだ。世の中には頭は良いが時代が見えない者が如何に多いか愕然とする。又、私欲で動くために国を滅ぼすことになることもである。十河信二の伝記は現代の日本人に対する警告書でもある。

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