国会議員は何億円もの金を子孫に残せる職業か

小沢一郎は4億円のお金は自分のものと主張している。出処は親からの相続とのことらしい。先ず、相続なら相続時の申告書を開示すれば良い。推測だが、時効を利用して申告漏れなどと主張すれば国会議員として傷が付くので、相続申告書に記載がないと考えて間違いはないだろう。その事以上に国会議員が選挙を行ないながら何億円もの資産を残せる職業かと言う事である。政治家が事業家の顔を併せ持つ人は別だが、政治家を職業とする者にとっては議員歳費が主たる収入源となる。衆議院ともなると平均3年位で選挙を行なう勘定なのだが、選挙で使うお金は半端ではない。選挙資金が寄付金などで賄える人は皆無と思えるので、身銭を切っていることは当然予想が付く。小生の亡父も地方の議員であったが、母がこぼすほど選挙で資産を食い潰した。地方議員でさえ資産を食い潰すのに、況してや国会議員レベルなら選挙に要するのは半端なお金ではない。百歩譲って、依頼毎の斡旋料や講演料、出版物などの副収入があると仮定すれば、先ず斡旋料に関しては贈賄の疑いがある金と言える。それ以外の講演料や出版物の副収入は合法的なお金と思われるが、問題は確定申告で収入を明確にしているかと言うことになる。何れにしても、手元に資金があると言う事は確定申告の履歴を見れば明確になるわけであり、小沢一郎も国会で堂々と説明すれば問題はないのである。しかし、小沢は記者会見でさえ答えず、検察に聞けとまで言うのは確定申告で明確化された資金でない事は確実と推定できる。問題は検察も贈賄の証拠がない限り、時効の壁で構成された遺産相続に対しては手が出ない。小沢一郎の父親も国会議員であり、事業家ではない。資産家の出身であるのは間違いないが、国会議員と言う職業で資産を食い潰すことを考えれば子供に何億円もの資産を残すことは難しい筈だ。小沢一郎の師匠の田中角栄は刑務所の壁の上を歩く男と言われ、検察が長年捜査してきた人物だ。然し、贈収賄の立件は容易でない事は、田中角栄の贈賄罪が米国のロッキード事件で漸く立件できたことでも分かる。田中角栄は事業家としては能力がなく、刎頚の友である小佐野賢二に事業のマイナス部分をカバーして貰っていた。それなのに、目白に大豪邸を構え、相当な資産を子供たちに残せたのである。国民が考える必要があるのは国会議員を職業とする政治家に何億円もの金が残せるわけがないと言うことである。小沢一郎は証拠もなしに単なる推論で秘書を有罪にし、自分を起訴していることを抗議しているが、相続時の確定申告に記載もないお金であり、唯一の反論が時効の壁では国民は納得しないのである。

産業界の為に農業が犠牲になった結果が今の社会だ

経団連の米倉会長がTPPに参加して日本経済の為に農業を犠牲にしろと放言した。戦後60年間、農家は日本の工業立国の為にと安い労働力を提供し、豊かになるのを夢に見てきた。然し、豊かになったのは都会に住むサラリーマンや公務員だけであり、日本の農業は衰退する一方であった。学識経験者などが産業界の代理人の如く農業の事も分からないのに競争がなかったとか補助金のために堕落したとか言いたい放題だ。国家も食糧管理制度で農家を規制で縛ってきた。田中角栄などは休耕田補償を実施して農家に米を作らせない制度を導入して農業を一層衰退させた。日本の経団連は日本の農業を駄目にしたあげく、今度は更にTPPに参加して国家の防衛に係る自給自足の芽まで絶つ見解だ。年間3万人の自殺者が出て、格差社会が広がり、何百万人の生活保護を受ける社会など守る必要がない。企業などグローバル化の中では何れ国を捨てるのが目に見えている。米倉経団連会長のTPP推進要請は亡国の輩の戯言だ。日本企業のサラリーマン社長などゴマすりでなった輩ばかりなのに1億円以上の報酬を取っている。1億円の報酬は非正規雇用の社員から生み出されているのだ。日本企業が日本から出て行って何処まで遣れるか見たいものだ。TPPなど断固として参加するべきでない。

成田国際空港

成田空港には海外に行く時に訪れる場所なので、此れまでは空港施設を時間を掛けて見学する機会を持たなかった。尤も、海外に行く以外に過去に2度ほど成田空港に行ったことはある。一度目も二度目もパートナーの帰国を迎えに行ったのだが、今から23年前の一度目の時は自宅を出て首都高に乗る前に事故を起こして仕舞い、迎えに行ったのは飛行機到着後5時間以上が経過したために親を巻き込んでの大騒ぎになった。当時は携帯電話が今の様に普及していなかったので連絡できなかったためである。二度目は今から12~13年前になるが、やはりパートナーを迎えに行ったのだが、この時にも空港内を見学する考えはなかったので時間に余裕を持たなかった。そして今回が三度目のお迎えなのだが、三連休の中日と言うこともあり、また空港内駐車場の位置にも気がかりなことがあったので、今回は十分時間を取った。この為、余裕を持って空港内の駐車場に着き、その後空港施設内のレストランで遅い昼食を取り、更に時間が余ったので施設内を物見遊山し、駐車場の精算機を確認した後に、屋上のテラスで飛行機の離着陸を楽しんだ。私は知らなかったが、飛行機に乗る乗客や迎えの人以外に多くの人達が飛行機の離着陸を見学に来ている。今回はパートナーがデルタ航空を利用したので第一ターミナルだが、そう言えば一回目の時は第二ターミナルがなかったので、南ウイングか北ウイングの何れかで良かった。しかし、二回目は確か第二空港に迎えに行った様な記憶がある。それにしても何時も思うのだが、空港内の駐車場の出入口のアクセスは不親切である。推測するに、合理的に考えた結果が利用者にとっては不便極まりない設計になったと思われる。又、時代の流れと言えば仕方がないが、今頃になって羽田空港が国際便の離着率を増やして名実共に国際空港になった。今の若い人達は成田闘争など知らないと思われるが、私の世代は成田空港建設反対運動の真っ只中で学生生活を過ごした。国が地元の意見を聞かずに勝手に候補地に決定したことが波乱の幕開けだった。然も、候補地の住民達の多くが満州からの引揚者であり、不毛の地を与えられて漸く作物が取れるようになった時に空港建設計画が持ち込まれたので、引揚者達の国に対する不信もあって成田闘争が起きた。政治家と役人がお上意識で進めた成田空港計画はその後多くの時間と多額の費用を投入して漸く国際空港として機能して未だ十数年しか経過していない。この間、東京湾の漁業も衰退し、漁業権を消滅させる事が可能になったことにより、東京湾の埋め立て計画が進み、同時に羽田空港の拡張計画もプラザ合意後の公共投資拡大とも相俟って規模を拡大し、国際空港としての整備がなされた。無駄な時間と多額の税金を投入した事業は成田空港や羽田空港ばかりではない。多くの公共事業が同様なお上意識で計画され、その結果が大幅な財政赤字と大量な国債発行となり、今日増税と言う形で国民に犠牲を強いる計画を進めている。従来の様に黙って国民が政府や役人のツケを受け入れては何も国家は変わらない。今こそ、過去の公共事業とその推進しか地方が成り立たない様な行政の仕組みに対してノーを突きつける時がきたと考える。
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