"GO TO キャンペーン"で分かること

先日に建物の管理をお父さんの時から請けるている二代目の社長さんとお話をした時にコロナの第三波はGO TO キャンペーンと相関性はないとの政治家や御用学者の無責任な言動について話題になった。コロナは旅をしないと言う医師の言葉が示す通り、人の移動の量が感染拡大に影響を与えるのは当然であり、冬には第三波が来ることは周知の事実なので、実施の期間を事前に設定して行うなどの工夫が必要であったとの認識で一致した。今回の失態は政府内部にウィルス専門家の発言を重視し、公衆衛生の専門家の意見を重視しないことに起因していると推定される。春の外出自粛要請で急激に悪化した経済を立て直すにはGO TO キャンペーンが必要で効果があることは認めるが、問題は長く自粛していた国民がそのキャンペーンにどの規模で反応するかの検証をせずに行ったとしか思えない。企業の経済データで分かる通り、秋には企業の業績が急激に回復している。それが冬季の第三波の影響を考慮したキャンペーンでなかった為に病院診療に危機的な状況を作り出してしまった。日本人は何時の時期から多面的な見方が出来なくなったのかと思われてならない。映像の時代が到来すると予言された50年前にその萌芽があったのかもしれないと考える。情報化社会における脳の研究ではTVを見ているときに考える部分が働いていないことが指摘されており、高齢者の間ではTVばかり見ていると認知症になると危惧されていた。同様に今、電子機器でのゲームをプレイする人口が増大しているが、ゲームの場合にも身体的な動きの部分は活発化しているが、考える部分は沈黙してると言われる。人間は映像を見ている時には考えるのではなく条件反射的に身体的な動きをするように出来上がったのかもしれない。古代では視野の中に危険な動物を発見した時に考えるより先に動かないと命の危険にさらされる為とも思われる。情報化社会が更にAIなどに思考を代行させると否応なく深く思考する能力が落ちてしまう可能性は高い。コロナの感染症に対してはり患した時の重症化の問題と病院の機能の問題と経済性を考慮してのバランスを考えての施策であるべきであったが、日本社会においては重症化での死亡率が低いので、患者の増大による病院の機能崩壊にまで想像力が及ばなかったかと思われる。正にそれこそ情報化社会の思考能力の衰えと思われて仕方がない。折角の経済対策が裏目に出たのでは大きなマイナスをもたらすことになり、もう少しバランスを考えた多面的な思考が欲しかったと思われる。

"ニューヨークで学んだ人生の拓き方"の出版を祝して

NY在住の須能玲奈さんがKindleから「ニューヨークで学んだ人生の拓き方」を出版した。副題として、"帰国女子でない私が11年のNY生活と米国企業で学んだ国際人になるためのヒント"が書かれていた。Facebookで出版の事が紹介されたので直ぐに購入して須能さんにメッセンジャーでお祝いの言葉を送った。お会いしてから11年が経過したのかと月日の速さを改めて思った。須能さんとは私の友人が勤務する日本企業の米国法人に勤務したのが縁で知り合った。友人から須能さんが一時帰国するので食事でもご馳走してとメールが来たので初めてお会いした。須能さんは東京育ちだが父親が私と同郷の茨城県と言うことから友人が声を掛けた様だ。須能さんは慶応大学卒の公認会計士の資格者だが、30歳で監査法人を退職して単身米国に渡ったことを聞いていたので、ばりばりのキャリアウーマンを想像していたら小柄な可愛い女性だったので驚いた。その後は友人の会社を辞めたことは聞いていたが、私はFacebookを通して近況などの情報を得ていた。この間、私の知人がNYに行くときなどに最新の現地情報などを教えてもらうなどお世話になっていたので、今回の出版を聞いたので早速恩返しの意味もあり本を購入した。kindle版なので低価格なのだが、情報の価値から言えば可成り安い本と思われた。須能さんはNY在住の日本人向けの週刊NY生活に投稿していることは知っていたが、可成り文章が上手なのには感心した。昨今の若い日本人は海外に出て知見を広めたりすることが少なくなってきたと言われているが、須能さんはNYに恋して夢を実現したので、若い世代も須能さんの本を読んで海外で学ぶことの重要性を認識してほしいと思う。私はNYには何度か行くチャンスがあったのだが、最初は父の死であり、その後も色々な事情から断念して今日に到っている。縁がないのかと思った次第だが、友人がNYに居て何時も誘われるので、NY行きを何時かは実現したいと思ってる。その点から言えば、須能さんは羨ましい限りだ。

三島由紀夫の自決の記憶あれこれ

高田馬場の下宿屋で同宿の法政大学の中村君が三島由紀夫の自衛隊市ケ谷駐屯地において自決を図ったことを教えてくれた。一般学生が部屋にTVを置く時代ではなかったので、大家さんの部屋に行き自決の顛末をTVで見たと記憶している。今年で50年になることをデジタル版の新聞で知り、あれから半世紀が経過したのかと感慨深い。三島由紀夫の事は小説家としてよりは行動した行為の方に関心があったが、過去を振り返ると作品自体はあまり読んでいない。ピークを過ぎたが学生運動がセクト化し、互いに暴力装置を使って攻撃していた時期だった。法政大学は市ヶ谷にあるので、三島の事件をいち早く知り、下宿に戻って私に教えてくれた。中村君は岩手県から上京して法政大学に入学したが、確か小説家志望だったと記憶している。卒業前は東京に残り、小説家を目指すと宣言していたが、卒業したら早々と故郷に帰った。中村君は誰にも言わずに去ったので故郷に帰ったことは知らなかったが、高田馬場から私が練馬に移り、中村君が豊島に移った後に知り合った日本大学芸術学部写真学科の桑原君から中村君が盛岡に帰ったことを聞いた。桑原君が兵庫県の姫路出身だったと記憶しているが、中村君とは金銭の貸し借りがあり、その取り立てで盛岡に行ったことを聞いた。その時に中村君が警察官の息子と知り、4年間を過ごした仲間であったが、素性は知らなかったことに気が付いた。その後数年が経過し、私も社会人となり、東北出張があった時に盛岡の中村君を訪ねたが、その時に盛岡の商工会議所に勤務していることを知った。高田馬場の下宿屋には刎頚之友となる早稲田大学の小野君もいたり、福島から上京し、武蔵大学に入学した佐藤君もいた。佐藤君は福島県庁に勤務する公務員の父親の息子で、卒業後は福島県の地方銀行の東邦銀行に勤務した。友達の輪が広がり多く人達と知り合った。その一人がNYに在住する北海道の小樽出身の慶応大学の田中君だ。東大を落ちて横浜国大か慶応大学かで迷っていた息子にお母さんが慶応大学の学生に憧れたことを聞いて入学を決めたことを聞いた。この年になって振り返ると、三島事件は多くの人達に影響を与えた事件だったと思われる。その後、学生運動は下火になり、オイルショックやデフレ経済もあり、同時に家を持たせる政策により住宅ブームが起きている。15年後にはバブル経済となり、その後崩壊し、インフレ経済からデフレ経済となった。同時に情報化が進み、経済理論では予想していない情報と言う産業が加わり、経済も政治も機能しなくなった。今の若い世代は昭和の時代を羨ましいそうだが、確かに金銭的には恵まれない時代であったが、今の若い人の様に将来の不安や情報に振り回されることなく、自分の時間軸を生きて行けた。そういう意味では良い時代であったと思うが、此れも過ぎた時代の事は良い思いでしか残らないので、単にその様に思うのかもしれない。私の曾祖母が当時として長命の92歳まで生きたが、80代半ば過ぎに私が嫌となるほど長い人生を生きてきたねと言ったら、否、あっという間だったと答えた。何歳まで生きても人生とは振り返ると短いのだろうと思った次第だ。

日本再生論で稼ぐデービット・アトキンソンのデータ主義の曖昧さ

菅首相も中小企業問題に対する意見を聞いている日本の中小企業を論じている英国人のデービット・アトキンソンのことが気になり、「国運の分岐点(日本再生最終論)」を読んでみた。データ主義と称しているだけあって気づかされる点もあるのだが、その時代に日本に住んでいなかったのでデータに基づいた分析には荒唐無稽なものもある。中でも戦後日本の1965年以降の中小企業の増加を植民地化を恐れる結果と断言しているのには驚いた。今の社会保険制度を維持するのには高齢少子化時代には時給を上げて税収入上げて支出のとのバランスが必要との考え方は一面的な見方から間違ってはいない。また、日本が移民で人口が増加している米国を経済モデルにしているのは間違っているという意見も正論と言える。更に、中小企業は優遇税制に守られて企業を大きくする努力をしないというのは極論過ぎるが、その税制のマイナス面は確かにある。しかし、中小企業を減少させれば最低賃金が上昇し、一時的に失業者が増えるがそれも時間の問題で解消する件は肯定できない。その理論の背景には、自分が現在経営している小西美術工芸社と英国の経済データを用いていることだ。前者は特殊な業種で、企業数が少なくなれば売り上げが増加し、職人の雇用も図れるからだ。その業種を持って日本の中小企業全体を論じるのは科学的な根拠もデータもない。また、英国の事例を挙げて論じているが、英国も移民を入れている国なので、移民受け入れに消極的な日本と比較するのは米国同様に間違っている。勿論、私自身は移民の受け入れには反対ではないし、多神教の日本だから一神教の欧米諸国より遥かに移民との融合が出来ると思っている。尤も、日本が今以上の格差社会は拡大すると移民に対する許容性が失われると思われるので、移民政策の変更は時間との勝負かもしれない。日本の中小企業はファミリービジネスが大半なので、会社資産と個人資産が曖昧であり、簡単には合併や廃業が出来難い。星野リゾートの星野社長も一族経営を解消するのに12年を要したと言っている。その上、人材の確保に時間が掛かったことも吐露している。菅首相が中小企業対策で話を聞くなら日本の過去を知らない外国人より星野リゾートの星野社長の意見を聞くべきと思料する。

新型コロナで温暖化の原因が納得できる

新型コロナで世界中の経済の活動が停滞している。推測ではGDPが30%低下したと言われている。NYに住む友人が今年は寒さが早いと言ってきた。既に気温が10度に下がっているらしい。NYと日本の気候は関係ないと思われる人がいると思うが、NYからアジアへの気流が北朝鮮の白頭山にぶつかってアラスカ方面に流れており、この結果、NYと東京の温度が1か月遅れ位で似た様な気候現象となっている。コロナ以前でもNYと東京の気候の相関性が見られるのだが、今年の気温の早い低下で久し振りに「寒さ暑さも彼岸迄」の言葉の通りの展開になっている。特に、台風12号が9月ならば今回のケースでは上陸するのだが、逸れて太平洋で温帯低気圧になった。この結果を見ると丁度1か月位早い気圧配置なのかもしれない。勿論、急激な人口増も相まっての温暖化なので簡単には元の気候には戻らないと思われるが、新型コロナで世界中の経済活動が落ちた結果が早期の冬の到来となれば、温暖化に人口増や生産活動による二酸化炭素の排出が関係する事実に科学的根拠がないと言う人々も否定できまい。自然を壊したために新型コロナの感染症が生じたとすれば、自然には状態を戻す作用があると思われる。人間の科学と自然の揺り戻しの何れの力が強いかは今後の結果を見るしかないが、温暖化に対する対策を行わない限り自然はあらゆる手段で温暖化を是正する現象を生じさせて人類に被害を及ぼすと思われる。尤も、この様に書くと宗教に影響を受けているのかと言われそうだが、自然は人智の外にあり、感染症の問題は色々な事に気づかされる。

新型コロナで問われる公衆衛生を思う

公衆衛生の考え方は英国でコレラかペストが流行った時に制度化されたものと理解しているが、台湾では新型コロナウィルス対策で担当したのは日本の様に感染症の学者や医師ではなく公衆衛生部門のスタッフで、責任者は獣医学部や歯学部出身者であったと書かれている本を読んだ。丁度その時に、NY在住の友人が推薦してくれた新型コロナウィルスに関して書かれた本を読んだのだが、その主人公のコロナウィルス研究の世界的な権威者の日本人は北海道大学の獣医学部出身とのことだった。公衆衛生に携わる責任者やウィルス研究に邁進する人は医学部出身と思い込んでいたが、年齢を重ねて思い込みが激しくなったと反省した。尤も、日本で感染症対策で知られるのは医師で政治家であった後藤新平なのだが、そもそも公衆衛生に関しての知識不足が思い込みの原因と思った次第だ。翻って、日本の新型コロナウィルス対策の専門家委員会の人達は殆どが医師やウィルス研究者で構成されており、台湾とは構成が違うので、当然に対策も違っていると思われる。台湾は日本の植民地になるまでは疫病の島と呼ばれていたほど病原菌等が蔓延していた島であった。その島が衛生的に良くなったのは、後藤新平が8年の歳月を掛けて行った公衆衛生のインフラ構築であったのは周知の事実だ。その思想を生き返らせたのは、民進党の蔡政権であると推定される。台湾の新型コロナ対策にはITを駆使したのだが、効果の根底には国民総動員の考え方があり、実は日本人が戦後の台湾で貢献したもう一つの事実が蘇る。読む本をネットで渉猟していた時に旧日本軍人が蒋介石の要請で戦後の台湾軍組織化に協力していた本に興味を持ち読んだので、台湾の総動員の仕組みは日本が戦前に作っていたもののコピーと推定した。蒋介石はアメリカ軍の支援ではなく、旧日本軍の協力で台湾軍の統制を目論んで成功した様だ。この事実は秘密裏に進められたので長い間知られずに来た様だが、旧日本軍人の協力者のリーダーは岡村寧次と言うエリート軍人で、暗殺された永田鉄山と陸軍士官学校同期で、三羽烏と言われた一人であったことを以前に永田鉄山の本を読んで知っていたが、その人物が戦後の台湾軍の強化に協力していたとは世の中の不思議さを感じる。蒋介石が戦争終結時に中国に居た日本軍と日本人に対して「以徳報怨」を持って日本人を帰国させたことに感動した優秀な日本軍人達が参集したので、日本の自衛隊創設以上に旧日本軍の思想を継承した台湾軍が出来た様だ。話は脱線してしまったが、新型コロナに対する対策には公衆衛生の業務を担った人達の考え方が必要なのに、日本は違った方法で感染症の抑え込みを行っているので、大丈夫なのかと言う懸念を持った。勿論、日本は生魚を喰う国民なので、衛生的な考え方は無意識に持っており、生活様式も欧米と異なり、靴を脱いで部屋に入るので内部に病原菌を持ち込む確率は低い。この為か、政治家も官僚も国民の自発的な対応に甘えて対策に優柔不断さが目立っている。今回も習近平来日と東京オリンピック開催が迫っていたので、対応が後手後手になっている。それでも医療崩壊が起きずに済んだのは幸運しか言えないと思うが、安倍政権が経済優先で、その結果の高い支持率だったことも感染症対策に及び腰だったと思われる。後を継いだ菅政権が規制改革や中小企業改革を前面に打ち出して来たが、先人が作った公衆衛生の遺産で日本が安全安心な生活だったことを忘れて間違った改革を進めると痛いしっぺ返しにあう懸念を思わせる。国民は再度公衆衛生に目を向けるべきと思われる。

テレワークあれこれ

昨日、久しぶりに投資ファンドの経営者とランチミーティングを行った。その時に、色々な話題を話したのだが、一つにテレワークにも言及した。彼の会社でも在宅勤務を実施しているのだが、意見としてはAMの仕事はテレワークでも出来る事で一致したが、良く考えるとテレワークで物足りない業務やテレワークでは業務が出来ないものがAIの導入過程で残る業務と思われ、コロナ後はテレワークが進むというスタンスで居住などの移転計画すると失業することにもなりかねない。確かに、今後は多くの業務がAIに奪われる可能性があり、AIでは出来ない業務が人に求められると推測されるが、線引きは難しい。IT企業の経営者でも濃密な業務を推進するにはテレワークは不向きと断言しており、投資ファンドの経営者もテレワークでは議論の深まりは期待できないと言っていた。尤も、現在のWEB形式では議論の深まりは期待できないのかもしれないが、WEB会議が進化して脳と脳とが繋がる方法が生み出されれば違うのかもしれない。私自身はデジタルアートなるものに関心があり、その技術開発の経営者の発言などを読むと、デジタル以前は身体的拡張の時代であったが、デジタル時代は脳の拡張と捉えており、それをアートの表現に取り入れている。人は記憶と空間を身体的な動きで得ているので、デジタル時代の脳の拡張には、身体的な拡張の時の様な固定的受動的とは異なり、流動的能動的になる必要があると指摘している。デジタルアートには身体的な能動的な動きを加えることで、脳の拡張に対応できることとの理解を得た。デジタルアートを業務としている経営者の言葉は深く、西洋と比較すると日本など東洋は空間をテーマにした作品が多いと指摘しており、遠近法は西洋が開発したが、その一点集中による考え方は長く西洋の思考を左右したと指摘してる。日本は空間を描くことや空間をイメージする作品を作り上げてきたと解説している。なお、西欧ではピカソの出現で多視点の画法が生み出されたことにも言及し、現在のダイバーシティの評価に繋がっているとの思考の発展は面白かった。デジタル時代は脳の拡張との捉え方は多くの業務の中で理解できるものであり、人の脳とAIの境界に関しても今後は議論されると思われる。コロナの沈静には2~3年位掛かると想定されており、その間にDXの流れは見えて来ると思われる。

「日本を売る本当に悪いやつら」を読んで!!

佐高信氏と朝堂院大覚氏の二人の対話を書いた本で、信ぴょう性に関しては分からないが、朝堂院大覚氏に関しては、過去に一度会ったことがある。勿論、朝堂院大覚と名乗る前のナミレイと言う会社の会長の松浦良佑と言う名前の時で40年以上前になる。ナミレイは海外にも事業展開する冷蔵冷凍設備会社だったが、会った時の印象は裏社会の人物と見紛う雰囲気と取り巻きがいたことを記憶している。当時は専門誌の記者の時であり、中堅商社のプラント輸出の課長から中南米のニカラグア国の水力発電プラントの商談を聞いたときに当時の革命政府と繋がっている日本人、ナミレイの松浦良佑氏の名前を聞いた。その課長から松浦氏はどの様な人物か分かれば教えてほしいと依頼され、松浦氏に取材のアポを取った。私は戦後の日本に海外の革命政府と繋がり、プラント商談に影響がある人物に驚きと興味を持ったのは確かだ。しかし、当時の印象は余りよくなく、その数年後に高砂熱学工業の恐喝事件で逮捕された記事を見た位で、松浦氏に関しては忘却の彼方であった。その後数十年を経て偶然だが、知人の医師が投資詐欺にあい、その件で朝堂院を名乗る人物から経営するクリニックに電話があり、医師が驚いて私に電話が掛かってきたので調べた結果、朝堂院が松浦氏であることが分かった。実際には詐欺師が朝堂院を騙っただけのことで、朝堂院と名乗る人物から医師にその後に電話が来ることはなかった。表題の本を読んでニカラグアの件のことが書かれており、その繋がりは中東のパレスチナのアラファタ議長とのことで、ナミレイは中東に冷蔵設備のプラントを建設していたこともあり、彼が本の中で言ってることは真実もあると思った次第だ。佐高氏から色々な事件や裏社会の人物との交際を聞かれているが、知らないことは知らないと答えているので、本の中味は真実に近いものも大分あると推測した次第だ。裏社会の出来事は当事者でないと分からないし、事件が表面化しても真実に関してはメディアが報道したことを鵜呑みにする以外ないのが実情だ。人は地位や状況で変節するとの朝堂院の言葉には重みがある。新型コロナ危機の最中で、今後日本が進むべき道を委ねられる政治家がいないのは本当の日本の危機と思われる。二人の対談で日本の本当の危機はこれから来るとの予言を肝に銘じることが必要と思えた次第だ。

コロナ禍で思う「転依」の言葉

最近は手軽に何処でも読める電子版の書籍を購入しており、興味がある本でも電子書籍で販売していなければ購入しない状況が続いていた。しかし、それが折角の機会を与えてくれた情報に背を向けることになると漸く知った。今回2冊の本を購入した。1冊は建築に係る本で、もう1冊が表題の言葉が載っていた「宿無し弘文」と言う禅僧の本だ。アップル創業者のスチーブ・ジョブスは誰もが知る人物だが、そのジョブスに精神的面で大きな影響を与えた人物として乙川弘文と言う禅僧がいたのは周知の事実のようだが、私自身は知らなかった。曹洞宗の寺院の息子に生まれて子供の頃から仏門に親しみ、大学院では西洋と東洋の哲学も学び、比叡山永平寺のエリート修行僧として米国に渡った経歴はスチーブ・ジョブスの師として十分なる資質を見に付けていたのだが、本を読み進むうちに文化の違う欧米で禅を広める活動に際して正に「転依」しなければ信者に応えられなかった葛藤が書かれていた。スチーブ・ジョブスは養子であったことから親に捨てられた自分に対する葛藤があり、弘文禅僧に出会ったことで事業に邁進することとが出来た様だ。翻って、科学技術がが発達した現代で起きた世界的な新型コロナウィルス感染症に多くの人は羅針盤を失い、人によっては隠れていたエゴが表出化した。正にカミユの世界の不条理の出現だ。人はこの様な時にどの様に振舞うかで真価が問われるのだが、私も含めて多くの凡人は先が見えない状況の中で冷静さを保つのは難しい。新型コロナウィルスの出現でニューノーマルなる言葉が出てきたが、宿無し弘文の本を読んでニューノーマルに対応するには人々に「転依」を求めていることかと考えた次第だ。弘文禅僧の場合は余りにも違う文化の中で禅の教えを広めるために「転依」を選択したのだが、ニューノーマル出現は否応なしに人々に「転依」を強いるものなので簡単には人々に浸透しない様に思われる。西洋には絶対的な神が存在する社会だが、東洋思想に関しては絶対的な神ではなく、誰もが悟りを得れば救われる社会だ。新型コロナウィルスの出現で何れが優位かを論じる考えはないが、「転依」は自らを変えることで達成する境地なので、私的には「転依」に興味がある。勿論、「転依」が新型コロナウィルスにり患しないのではないので、飽くまでも心の問題と言える。「転依」が全てを解決しないことは弘文が酒を煽っていた事実からも物語っているが、少なくても感染症の恐怖を克服するのには有効と思われる。この様に書くと、未熟なお前が「転依」出来るのかと言われそうだ。

自然の振り子の行方

東日本大震災時には"絆"が再考され、希薄な人間関係の見直しが進んだ。しかし、今回の新型コロナウィルスは正に真逆な一言で表現するならば"離"を促している。勿論、多くの人は孤独な環境に耐えられないので、一部の人以外は孤独感に耐えきれずに感染症の脅威を他人事に転嫁しての行動を取るようになる。マスコミや政治家によって新型コロナウィルスに関しては必要以上の恐怖感を煽れたが、実際には高齢者や持病を有する人以外には感染しても重症化にならないことが分かり、特に若者に関しては従来の風邪程度で済むことが分かって来て緊張感が解けてきている。世界全体でも致死率は4.5%なので、近代医学からいえば大きな数字なのだろうが、1000人り患して45人が死ぬ確立は小さくないが、この数字を年齢や持病や不健康な生活などの要素を除くと致死率は大きく下がり、1000人のり患で1.5人と推定されるので、自分は大丈夫と誤解する可能性がある。確率は平等なので自分が1.5人に入る可能性は同じということだ。聞くところによれば、今回の新型コロナウィルスは変異が激しく、ワクチンが開発されても一部しか効果がないとのことなので、終息するには時間が掛かると推定される。この為、その様な状況の中では忍耐が必要となり、乗り切るためには強い意志と女神のほほ笑みと言う運も関係してくると思われる。政府の非常事態宣言が出て行動に制限を受けていたので、読書が進んだのだが、その中で南極で遭難して無事に帰還した「エンデュアランス」のタイトルの本を読んだ。全員が帰還できたのはリーダーのシャクルトンの冷静な判断であることが分かったが、そこには人知では考えられない自然の振り子に翻弄されても凌いだ精神力が書かれていた。この本の翻訳出版に繋がった日本人の写真家の方が極寒のアラスカでテントを張って寒さに耐えながら撮影した絶景のオーロラのことにも触れていたが、その後に再度北極エリアでの写真撮影の時にクマに襲われて亡くなったことが書かれていた。この為、写真家は本の出版を知らずに亡くなった。人の運命は不思議としか言いようがない。幸運は何度もはないことは確かだ。南極からの遭難中に一番読まれた本は料理の本だそうだ。食が人に希望を与えるのかもしれない。そうすると、今回の感染症の長期の戦いで一番重要なのは食であると思われる。確かに、旨い料理を口にすると微笑みがでる。飲食店の感染を恐れるあまり、不味い物を食うことは絶望に繋がると思料する。感染症を恐れずに旨いものを食べに飲食店に入ることも必要な様だ。

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