WTOの交渉決裂を歓迎!

ジュネーブで開かれていた世界貿易機関(WTO)によって世界共通の貿易自由化ルールを定める閣僚会合の決裂が報道された。私の島国根性から言えば歓迎すべき事と思った。このルール作りを協力に進めたのは米国であるが、自分達に有利なルールを発展途上国に押し付ける姿勢は当初から無理があったし、我が国の農業にとっても歓迎すべき事である。輸出優先で農業が犠牲にされ、多くの農民は生産の喜びさえ失っている。インドの外相が、国民を犠牲にしてのルール作りは受け入れられないと言ったのは正論である。今回の原油高においても米国の代替エネルギー政策の補助金制度によって食糧高を招いているのである。マスコミはイランの核問題に対して米国やフランスの主張が正しい様に論じているが、子供でも思うのは米国とフランスが何故核を放棄しないのかと言う点である。持っている者が、持とうとしている国に対して持つなと言う論理は通用しないと考えるのは私だけであろうか。尤も、保有国である米国などは、開かれた民主国家であるから保有が許されると言うかもしれないが、それなら日本の保有については反対しないかと言うことである。また、核保有に既得権などはない事は自明の理である。自由化ルールや基準と言ったものは全てはある国やエリアに有利な様に作られ様としている。強大な米国や多くの国が参加するユーローに対し、アジアは共同歩調を取れないでいるので、常に不利であった。もちろん、今回の貿易自由化ルール作りははインドと中国を押さえ込もうとする米国とユーローの思惑であったので、決裂は歓迎すべきものと考える。魂を失った豊かさなどは意味がなく、貧しかったが心の豊かな時代に回帰すべきと考える。

今の日本には政治家がいない

今の政治家の発言を聞いていると行政マンと同じ発想であるのに驚く。政治家が行政マンと思考や方法論が同じならば存在の意味がない。検証した事でなくて恐縮だが、若いときに「東海道新幹線の建設」に絡んだエピソードを何かの本で読んだのだが、それには当時の日本の財政では建設に際して世界銀行(WD)から資金を借り入れる必要があり、借金返済に対しての考え方について行政マンの限界と政治家の発想の違いが際立っていた事が書かれていたので今でも鮮明に記憶している。世銀の借り入れに対し「東海道本線を担保」にしなければならず、万一にも想定している経済成長の予測が狂い、財政的に返済が出来なくなったら「東海道本線」が取られてしまうとの懸念で行政マンは建設計画に反対した。それを当時の建設大臣が、「東海道新幹線」を造るのだから「東海道本線」を取られる心配をする必要があるかと言って建設計画を断行したとの事である。この結果については謂わずものことである。東海道新幹線の建設がその後の日本経済の成長に如何に貢献したかは論を待たない。然るに、今の政治家の議論は行政マンの域を出ないのには情けない。この原因は色々あると思うが、一つには実社会の経験が乏しい者が政治家(2世議員)になっていること、二つには行政マンとして教育された者が政治家に多いこと、三つにはインフレ成長時代に長くサラリーマンとして生きてしまった者が政治家になっていること、などが上げられる。何れにしても、この範疇に入る政治家は行政マンの限界かその議論に反論出来ない輩なので何も期待できない。森、小泉、安倍、そして福田の全員が行政マンを越える経験者でないのが分かる。尤も、民主党の小沢代表も然りであるので、今の政治の貧困さが分かる。

日中韓の接近を喜ばない国々

日中韓の接近を警戒する国々が存在する。これ等の国の代表は米国であろう。中国の胡錦濤政権と韓国の李明博政権は日本が過去に例を見ないほど多くのことを話し合える相手である。しかし、この事が欧米諸国、特に米国にとっては好ましくない事は明らかである。このため、米国にとっては北朝鮮を存続させる事が軍事的にも政治的にも重要となり、今回のテロ指定国家の解除に繋がったと見るのは穿った見方であろうか。イランと北朝鮮の核を巡る対応には大きな差異がある。イラクの時にも同様であったが、各国の対応はそれらの国に対してどの程度の利権を有しているかである。イランは日本にとって原油の供給国であり、長い年月を経て信頼関係を気付いてきた大事な国である。ドイツとフランスはイラク侵攻には反対したが、イランに対しては米国以上に強硬姿勢なのはイラクには多くの利権を有していたが、イランには有していないためである。日本が欧米諸国と同様な行動をイランに取るのは愚の骨頂であると言える。もし、どうしてもイランに対して歩調をあわせなければならないなら北朝鮮に対しての強硬姿勢を条件にするべきである。此れが国益を守ると言う事である。拉致問題に対して政治家の山崎拓や加藤紘一は北朝鮮シンパの様な発言をしているが、過去に自民党の「金丸信」と言う北朝鮮に友好的だった政治家を思い出して欲しい。彼は北朝鮮から金の延棒を貰っていたのが検察庁の捜査で発見されたのである。山崎拓を北朝鮮利権と言った安倍前総理は正しかったのである。加藤紘一は外務省役人上がりの米国追従派であるからブッシュ政権のお先棒を担いだのであろう。ここで思い出して欲しい。何故、安倍前総理がマスコミに年金問題で叩かれて選挙で大敗して退陣したか。ブッシュ政権にとって北朝鮮のテロ指定解除に邪魔だったのでマスコミを使って退陣させたのである。特に、安倍前総理はインドのパール判事の子孫に会ったりと米国の虎の尾を踏んだことも怒りを買ったのかもしれない。小泉元総理の様な日本人としての価値観を持たない者が米国に歓迎され、国富の流失に一役買ったのであろう。戦前には多くの中国人が日本に学ぶため留学し、中国の近代化に大きな力となった。戦後の日中国交回復後に再度日本に多くの中国人学生が日本に学ぶために留学してきている。日本は戦前の過ちを繰り返すことなく、アジアの一員たる自覚で日中韓の提携を進めるべきであろう。

ミーイズムの台頭と自由化促進のリスク

国家間の農業生産物の輸入関税率を決める協議が進められており、日本の主張より低い税率で決定される状況となって来ている様だ。グローバル経済の進展を目指して国家間の障害を少なくすると言う大義名分の下で農産物の関税引き下げ率の作業が進められているが、ユーローの様な運命共同体に参加した国々の中なら分かるが、グローバル経済と言いながら、国家間のエゴがウエイトを占める今日の状況において世界的な食料不足になった時に輸入できる保証がない国連の理想主義に意を唱える私は時代遅れなのであろうか。米国の大豆・トウモロコシなどが原油高に伴う代替エネルギー政策によって食糧としてでなく代替エネルギーとして使われる事になり、輸入量が大幅に減少し、大幅な値上げを引き起こした。関税率の引き下げを議論する前に、米国の代替エネルギー政策の様な原油1バーレルの価格が75ドル以上になったら代替エネルギーのしての利用に供すると大豆などに補助金が出る政策を先ず撤廃させる必要がある筈だ。確かに、グローバル経済は国家間の分業体制を構築する意味があるのであろうが、果たして構築できるのであろうか。日本の様な国家と同様に農業国家が豊かになれないのは自明の理であり、豊かさを追求してゆけば1次産業でなく2次産業にシフトしてゆく筈である。勿論、農業生産技術の向上により、面的な生産から立体的な生産へと移り、遺伝子組み換えやロボットなどにより飛躍的に生産率が上がることも予測されるが、問題は今は過渡期で今回の資源高騰の中でミーイズムの台頭を見る限り、自由化には現時点では限界があることを認識しなければならないという事である。尤も、私の自説に対しては、輸出で豊かになっている国が相手先の農産物などを輸入しなくて豊かさを求めることは出来ないということも十分に理解できる。問題はバランスが崩れた時の保証の問題である。日本の政策は、農業を犠牲にして輸出を推進し、その結果が自給率39%となっているのである。若い人達は、貿易収支が黒字なのは当たり前でお金を出せば何時でも何でも買える豊かな時代に育っているから、自給率39%のリスクに気付いていない。もし、今後、貿易収支が赤字になったら先進国では見られない巨額な財政赤字との双子の赤字となり、これが円安を引き起こし、国民は大変な生活難に陥ることは目に見えている。この事は決して夢物語でないのである。私は特別に悲観論者ではない。私は、茨城県の田舎に育ったためと、亡父が県の農業委員などの要職にあったので、子供の頃から農業生産と言う現場を知っているからである。一人でも私の考えを理解し日本の今日的なリスクを考えてくれればと思う。

成功している企業の特徴と経営者達

現代の様な複雑系の社会で成功している会社の特徴は、1.偶然が重なり合って成功している会社、2.宗教的な雰囲気で社員のやる気を引き出している会社、3.江戸時代の5人組制度を組織に導入して連帯責任性で奴隷化している会社の何れかの範疇に入っている。"企業は人なり"と言う言葉があるが、創業時には何れもこの言葉を大事にしたので成功会社は発展してきたと思える。しかし、社員も多くなり、組織も拡大すると多くの社員にやる気を出させるには、カリスマ的な経営者による宗教的な指導が必要だが、似非カリスマ経営者は5人組の連帯責任制度で組織を維持することになる。尤も、大半は偶然が重なり合って成功している会社なので、経営者や組織や社員について語れる事は少ない。私が何故この様なことを書いたのかと言うと、戦後の混乱期から1970年代までの大企業経営者は一企業の経営だけでなく天下国家を考えていた人が多かったからである。最近、読売新聞に毎週土曜日に元セゾングループの堤清二氏が自伝とも言うべきエッセイを書いているが、その中にも当時の財界人の凄さが述べられている。しかし、最近の大手企業の経営者は自分の会社だけしか考えられない人物が就任し、日本と言う国や国民が眼中にない。情けない話である。もちろん、インフレ成長の中で減点主義に変わった組織が大人物を排除し、参謀クラスの資質の者が経営者になった背景はある。特に、経済バブル以後の日本企業の経営者は特にその様な小人物が目立つ。本当は今こそ戦後に活躍した様な企業人が望まれるのだが、どうも経営者の後継者の選択にも"平均化の法則"が働いている様で期待出来ないかもしれない。

東京の地価はバブル化したか

20年前の経済バブル時の東京の地価の上昇と今回の地価の上昇について見ると大きな相違がある。前回の時は都内の全ての地価が上昇したのだが、今回の上昇は値下がり過ぎた地価に対する反動的側面を持つ上昇であると思える。尤も、銀座の一部や青山・表参道エリアに関しては前回のバブル時以上の価格となったが、大部分は土地バブルとは言えない程度の上昇である。銀座や表参道の土地の上昇の原因は有名ブランド品の会社の出店に伴ったもので、その出店がその後の不動産会社による思惑投資へと拡大した結果の上昇と言える。しかし、単なる物販業者が借りられる賃料設定の土地価格でないので、限定的な土地バブルで済んだと言える。ちなみに、マンションの販売価格で見ると、前回のバブル時は西麻布で1坪2,500万円の高値まで上昇した。しかし、今回の販売価格を見ると、都内の一等地で1坪当り450万円程度である。尤も、10年前は1坪当り250万円であったので80%も上昇していると指摘する人がいるかもしれないが、この250万円の販売価格はバブル経済前の今より低い所得水準であった1980年頃と同じである。下がり過ぎた分を考慮しないとバブルであるかどうかの判断は出来ないのである。では事務所賃料の方はどうかと言えば、この場合も丸の内・八重洲・赤坂などの新築高層ビルの賃料が大幅に上昇して前回のバブル経済時点と同様な賃料水準となったのは確かである。しかし、既存ビルや大部分のエリアでは前回のバブル初期(1987年)の賃料水準まで上昇したのは少ない。特に、大手企業はリストラを含め固定経費の削減に邁進してきたので、前回のバブル時と比較にならないほど高い賃料を吸収でき事を考えると賃料バブルとはなっていないと言える。このため、今回は金融庁が土地バブルを懸念して不動産に対する融資規制をするレベルではないのに行なった事に疑問を持たざるを得ない。翻って、住居地区は兎も角、商業地区の土地価格に関しては行政が介入すべきでなく需給に任せるべきである。前回のバブル時もそうであったが、規制のタイミングの悪さで全てを駄目にしている。景気回復の遅れも含めてここ20年は政冶・行政の失政で苦しめられている。今回も然りであるので、地価は今後下落するなどの虚言に振り回されないことである。

日本人を壊した小泉元総理よ出て来い

通り魔的殺人がまた起こった。日本社会はDNA的に見ると世界でも稀な出アフリカの全てのDNAを有する民族と書かれた本を読んだ。これを意味するのは大陸の種族争いを避けて日本に来た子孫が我々であり、基本的には競争を好まない遺伝子を持った種族か、或いは争いに疲れて共存する道を選択した種族と推測される。もちろん、日本の歴史を見ると争いがなかった訳ではないが、負けた相手を皆殺しにする大陸種族とは異なるから、それぞれのDNAを有する人々の子孫がいる訳である。この事実は、聖徳太子が制定した17条憲法の第1条に「和をもって貴し」と定め、種族間の争いについての愚を指摘したことでも分かる。20代の頃、雑誌の編集記者として韓国経済の担当となり、韓国経済の強さと弱さを調査していた時に多くの韓国人が指摘した事は、日本人の労使交渉は会社の利益が損なわない段階で双方の妥協によって決着するが、韓国人の労使交渉は対決のまま平行線となり、会社を潰すまで終わらないと言う国民性を懸念していた事である。この様な特質を持った日本人をグローバル経済の御旗の下に格差社会を無理やり導入し、今日の混乱を引き起こした小泉元総理の責任は重い。小泉政権時に多くの改革を行ったと指摘するが、その成果は一つも挙がっていないのが実情である。今も赤字国債は増え続け、規制緩和した建築基準法では構造偽造事件が起き、必要のない独立行政法人を多く設立して国費の浪費を助長させているなど新たな問題を起こしているだけである。小泉は不条理な社会を造って日本人が長い歴史を通して作り上げて来た良さを壊した張本人である。国民に痛みを説いた小泉が何の痛みなども受けず、然も年金問題の責任は厚生大臣経験者の一人である小泉の責任でもある。小泉の改革を弾劾せずして日本の将来はない。

円流失の実態が身近に!

同業の設計事務所の社長から久し振りに電話が入り、来社の意思を伝えてきた。時間が空いていたので電話の当日にお会いしたのだが、話の内容は仕事の事でなく、彼の叔母の資金運用の件であった。物価高のために叔母は年金だけでは生活出来ない上、預貯金の金利も低く年金の不足分をカバーできないので、預貯金を解約して海外の投資信託に投資する事を勧めたいが、銀行で説明を聞いただけでは良く分からないので教えて欲しいと言う事が訪問の趣旨であった。この話は私にとって複雑な思いであった。原油や資源が高騰している今、円高にならないと国富が失われて行くのに、海外の投資信託の購入により円が海外に流失し円安を招く悪循環が起きている事に対してである。良く考えると、大手企業や公務員でないかぎり、確かに年金での生活は無理と言える。バブル経済崩壊前は預貯金の金利が年金不足分をカバーしていたが、昨今の低金利では元本を取り崩しての生活であった。それでもデフレで物価が上がらないので理論的には元本の一部を取り崩しても元本が減らない筈であった。しかし、今回の物価高は国内での預貯金での低金利の運用では生活維持は不可能となり、為替リスクを伴う金融商品に庶民を追い立てて行く図式が見えてきた。カジノ資本主義に翻弄される国民に対して無策な福田政権に憤りを感じるのは私だけであろうか。

サブプライム問題は日本が引き起こした?

最近のニュースで米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の2社の経営危機が表面化し、日本の金融機関が2社の発行した債券を総額で28兆円保有している事が判明した。これ以外にも年金資金が購入している分もあると思料され、日本全体で30兆円を越える債権を保有していることになる。関係者は債権には政府保証が付いているから大丈夫と説明しているが、歴史から見れば本当に信用できるかどうか疑わしい。この2社の取り扱ってた住宅ローンはプライムローンとする優良ローンとのことであった。しかし、良く考えると1980年代にこの2社は経営危機に陥り、公的資金の導入で救済されている。この2社は株式公開した上場会社であるため常に成長を求められた事に今回の破綻の原因があると思われる。茲で、日本がサブプライム問題と何故関係するかを説明したいと思う。ファニーメイとフレディマックの2社の経営に関してはこの何年も経営不安説が流れていた。しかし、その経営不安を乗り切ってきた背景は、2社が大量発行した債券を購入する先があったからである。その主要な先が日本の金融機関であり、年金資金である。仮定の話で恐縮だが、プライムローン債権市場が不調であったら、サブプライムローン債権が大量に発行される事はなかったのではないかと言う事である。プライムローンと言っても住宅価格が大幅に下落すれば不良債権比率は高まり、債権発行会社に経営不安が出るのは自明の理である。日本の経営者、特にサラリーマン経営者しかいない金融機関のリスク管理はお粗末としかいえない。最も損失に責任を取らない役人が運用する年金資金など論外である。日本の官僚は昨今のカジノ資本主義を理解している割には全ての対策が後手に回っている。子供の頃から塾通いで勉強だけの秀才には難局を乗り切る知恵は出ないと思われる。過去の成長期の様に敗者復活出来るシステムが必要な時代かもしれない。

「仕方なく休みを取る?」福田総理

新聞の見出しに福田総理が「仕方なく休みを取る」と書かれていたのを目にした。庶民の感覚からすれば緊急課題が目白押しなので、政治家たるもの夏休みを返上してでも事に当るのが当たり前と思うが、どうも昨今の政治家は違うらしい。飽くまで推測だが、総理の周りにいる役人の為に休みを取ることを勧めた者がおり、総理は国家の急務よりスタッフの夏休みを優先させたのと思われる。税収の変動で政治家の報酬・経費・政党助成金が増減すれば、悠長な事は言ってられないだろうが、役人の給与も同様に景気の変動と関係なく支払われるために互いに危機感がない。政治をクリーンにするために政治献金の仕組みを変え、その代償として政党助成金なるものが発生した訳だが、この事が役人と同じように政治家を景気の変動に対して鈍感にさせてしまったと思われる。物事には、一つの事を重視するともう一つの事が見えなくなると言うセオリーがあるが、正に政治のクリーンさを求め過ぎて政治家の景気に対する危機感を失わせてしまった。中国の「水清ければ魚住まず」と言う故事を思い出した。今の政治を見ていると後悔先に立たずである。

国土交通省の責任転嫁と天下り先の強化

構造偽造事件は国土交通省の責任を問うことなく、建築士の資格更新の研修強化と言う馬鹿げた決着で幕を下ろそうとしている。建築士の資格である知識が不足して起きた事件でないのは自明の理である。今回の事件は刑事罰を受ける犯罪である。もし、資格の更新について問題があるならば審査する側である。大半の建築士は不正の申請など行ってはいなしし、デベロッパーから不正を強いられても応じる事はない。もともと大規模化した現在の建築物に対して東京都庁の建築指導課でも対応が難しくなってきたのを民間の審査機関のレベルで構造審査を費用的に見ても適格に行えないのは国土交通省の担当者も理解していた筈である。それが米国の要請で、小泉政権時に建築審査機関を短くする目的で民間委託が決まり、且つ「仕様規程」を「性能規程」に変更して不正の芽を植えたのである。百歩譲って役所のスリム化から民間委託は良しとしても、構造審査に限り民間委託にしないで別な審査機関を設けて行うべきであったのである。この反省なくして制度を改めても利用者の民間側では経済活動に支障がでるだけである。今回の事件後に国内の法律の施行の手順をを無視して審査基準を強化したため昨年7月以降現場が混乱したのは承知の事実である。責任を取らない役人に全て任せた結果である。今回の問題に政治家の存在は皆無である。漸く、新たな対策で動き出したが、今度は建築士の資格更新の強化と一定規模以下の建物に関しては審査不要との馬鹿げた対応である。この意味するところは、役人の天下りを増やすだけで民間にとっては何のメリットもない事に抗議すべきである。役人の天下り先の民間審査機関の会社とスタッフに対して厳しい研修制度を設けるべきであり、国交省の責任を明確にしなければ同じことが復起きると思われる。

豊かさの代償

最近の新聞報道を見ると悲惨な事件が多く、これが豊かさの代償なのかと暗い気がする。30年以上前から不動産の開発を通して多くの人達の人間模様を見てきたので、私の父が「子孫に美田は残さず」の口癖の言葉の正しさが今は理解できる。確か、中国の大地を描いたパールバックの小説にも病気の父の枕もとで財産の分け前を争う醜い場面があったのを記憶している。私が不動産開発を通して見た事は、お金持ちの家ほど相続者同士の争いが激しいと言う現実であった。逆に、貧しい家族ほど子供達は親孝行であり、兄弟間が仲が良いと言う事実だ。尤も、兄弟達は成人して結婚するので他人が入る事で問題を複雑にしていることは否めない。先代社長の時代に共同開発の成功を目前にして駄目になったプロジェクトの事が当社に語り継がれている。駄目になった理由は、完成後のマンションの間取りの件で打ち合わせに行った時に、お嫁さんが亭主の両親を日の当らない北の部屋に決めた事に我慢できず、「10年後の貴方達の部屋ですぞ良いのですか」と言ってお嫁さんの顰蹙を買ったためである。当時、先代社長は同じ年位の母親がおり、親を大事にしない夫妻を見て腹が立った為であった。当社は不動産開発などの事業を準公共的な仕事として捉え、土地所有者と言えども媚を売らずに正論を言う伝統がある。小企業と言えども社会に貢献する姿勢は当社の企業精神であり、街づくりの使命である。豊かになる事を否定するわけでなく、問題は到る過程において如何に評価される方法で行ったかである。「子供は親を見て育つと言う言葉」を今の親達に考えて欲しいと思う。

日本人は嘘つき

最近読んだ本に書かれていた事で納得する事があった。世界の国別評価の中で日本人に対する評価は"礼儀正しい"、"真面目"などが定着しているが、その本では日本人は「嘘つきだ」と評価されている。勿論、この日本人とは江戸時代の幕府の役人の事であり、一般庶民を指した評価ではないが、最近の政治家と役人の発言を聞いていると、「嘘つき」と言う言葉通りで何も当時と変わっていないことに気付いた。この影響か、経済人も知識人も、果ては一般庶民も平気で「嘘つき」になっている様だ。最近はこの嘘つきに"ミーイズム"まで加わり、漸く日本人も資本主義の仲間入りが出来た様だ。尤も、"外交に嘘は付きもの"と言う説も有るので、江戸時代の幕府官僚としては封建社会で生きてきたので同族同士の騙しあいの遣り方の知恵を使っただけなのかもしれないが。"嘘は泥棒の始まり"、"嘘も方便"とかの言葉がある。後者の言葉は仏教から出た言葉で、時には"嘘"を付く必要な局面もあるとの教えと記憶している。最近の20代の男女にアンケートで「嘘も方便」の是非を聞いたところ、70%が肯定したそうだ。ちなみに、私は"馬鹿正直"と言われたいと思うが、皆さんは如何か。

 

プロフェッショナルとは!

御年78歳になるある会社の会長さんにお会いしました。最初はご子息の社長さんにお会いし、縁があって会長さんと親しくなりました。その会社の業務の説明を聞いた時に、理路整然と技術の奥義を語る姿を見て、久し振りにプロフェッショナルの方と会った気がしました。プロと認識させられる方の種類は二通りあり、前者は無口、後者は饒舌と言う大きな違いが有ります。当社の様な建築事務所では無口の技術者が評価される傾向があります。饒舌な技術者で評価できる者が少ないと言う事実があるからです。しかし、私は人生の苦労を重ねてきた人は語ることが多くありますので、饒舌となりやすいと理解しています。20代中ごろに勤務していた会社の部長が私に言った言葉を思い出します。その言葉とは、「無口なのが優秀なのか?中味がなくて話せない奴もいるだろう!」との事でした。当時は"沈黙は金、雄弁は銀"と言う日本の社会にありましたので、無口で黙々と仕事する人間が評価された時代でした。この部長は頭の回転が良く優秀な人で飲みに連れて行って貰う機会も多くあり、人生の勉強もさせて貰いましたが、一番驚いたのは初めていった飲み屋で常連客として振る舞い"ツケ"にさせる腕前でした。話がそれましたが、努力なくしてプロフェッショナルになれないのに最近は机上の空論で仕事する方が多く、その様な方はプロを認識する力もないので失敗する可能性が高いと言う事です。もちろん、素人がその専門知識を知らない故に間違いに気付くということもありますが、その方は別な分野でプロと言える方だと思います。今の若い方にプロはプロしか理解できないと言う言葉を贈りたいですね。

「消費税の引き上げ論」に言いたい事

"消費税の引き上げ"が新聞記事に書かれており、この引き上げを国民が受け入れるのは当然と言った論調が目立つ。確かに、800兆円もの赤字国債残高を見れば早急に財政の建て直しが必要であり、税率を上げることは避けられないと考える。しかし、税率の問題では海外に比べて低いからの論調が目立ち、どの程度の引き上げが必要なのかを財政論的に主張した論説は見られない。尤も、「消費税引き上げ」を国民に納得させるなら、「サラ金財政」を続けた責任と独立行政法人に移行して行政改革を骨抜きにした責任を明確にし、更に大幅な公務員の削減計画と国会議員の定数削減を公約するべきと考える。800兆円もの赤字国債を抱えるにも拘わらず、議員は議会が終わると公費の海外視察などを平気で行っている現状からは到底消費税の引き上げなどは承服できないのが当たり前である。それが、御用学者を使って一方的な消費税引き上げ論を展開するのを見るに付け断じて容認できないものである。国会議員の報酬・経費、及び政党助成金が税収と連動してなく増減がないのも危機感が起きない原因であるから、国民は連動させるべく声を大にすべきと考える。

日本の新聞記事の背景

日本の新聞記事の殆んどは、記者クラブを通した発表記事なのを国民は理解していないようです。発表記事は意図的に発表側の作為が入っており、客観性は低くなります。もちろん、TV報道でも肝心なことを流さないで、報道側が意図的に部分的にニュース構成しているので同様です。日本国民は良く新聞を読む国民で、然も記事の背景も理解していないでニュースを信用している怖さがあります。最近は選挙の結果まで事前のマスコミの世論操作によって影響を受けています。インターネットが普及したと言っても新聞・TVの位置づけは高いです。この様な報道体制の国については、他国が世論を操作し易いという事で、恐ろしいのは此れがために国益を失うことです。最近の事例では、小泉政権時代の行政改革や社会システムの改変を意図的に報道操作したことです。道路公団の民営化然り、郵政民営化然りです。この民営化は国民のためでなく、前者は石油特別会計の財源を一般財源にするためであり、後者は国の財源の役割として使って破綻している郵便貯金の実態を隠すためです。また、最近秋葉原事件で話題となった派遣法の改正であり、企業の利益を出させるために社会システムの一部を壊した事です。朝の通勤電車に乗ると日経新聞を読んでいる若い方、特に女性が多いですが、日経は業界紙であると理解しているのか心配です。私の若い時には日経は御用新聞の一つであり、行政が政策の実施に対して国民の反応を見るためにワザと記事をリークしていると言う事は共通の認識でした。昔は、読書においても全て信じて読むなら読まない方が良いと教わったのですが、今の教育は反骨精神の重要性も教えていないようですね。

国に騙されるな!

800兆円もの赤字国債を発行した政治家と役人に騙されるな。過激な発言となりますが、今から16年前に不動産バブルが壊れ、その後の日本経済は良くご存知の通りです。今から20年以上前に何故日本経済バブルが起きたかは色々と検証されていますが、ひとつハッキリしているのは政策が起こした経済バブルであった事です。企業がバブル経済を起こした様な事を言う馬鹿者がいますが、企業にその様な力はありません。もちろん、企業努力により石油ショックを脱した日本企業は輸出量を増やし、貿易収支が多大なる黒字になったことは事実です。問題はその結果土地の上昇が始まったにも拘らず、プラザ合意による円高推進と内需拡大によってそれを助長した政策です。バブル経済崩壊後には、金融機関、不動産会社、建設会社などが非難され、政策を推進した政治家と官僚に対しての責任論は皆無でした。特に、金利の引き上げの時期を誤ってバブルを深刻化させた当時の三重野日銀総裁をバブル経済を沈静させた英雄のように扱った酷さは、全ての責任を民間に転嫁した国の陰謀です。さて、今更過去の出来事を論じて何になるとお思いでしょうが、今度は円高でなく誤った円安の政策を維持し、且つ国内では物価高の消費不況の懸念に配慮せずに不動産に対する金融規制と言う逆の政策を進めているからです。小泉政権時代のインチキな負の連鎖が起きている現状で、更に無知な福田政権は親父の福田赳夫と同様に国民を苦しめる政策を行うと考えられます。このため、今こそ信念を持って難局に向かう本物の経営感覚を磨く必要があります。

円高にならない理由とは?

円安のために、資源などの高騰で輸入に対する支払額が急激に増加し、国富が流出しています。急激な物価高を招いているのは企業の輸出競争力に比べて円安となっているためであり、資源高騰が引き起こしている物価高を国民の一人としては看過できないものです。国民の多くは円高になると輸出競争力が落ち、最悪の場合には貿易収支が赤字になり、その結果米国のような"双子の赤字"になり大変なことになるとマスコミが報道している事を信じているのではないでしょうか。私はこの報道姿勢には疑問があります。今から30~40年前なら分かりますが、今日の日本企業は技術力で製品の輸出を行っており、円高で簡単に競争力が落ちることはないと思えるからです。もちろん、一時的には為替の影響は避けられないと思料しますが、中期的・長期的に考えれば、資源の大半と穀物類の61%の輸入の現状から円高が有利という事が分かる筈です。年配の方はご記憶と思いますが、1975年前後に起きた石油ショックに対して日本は世界に先駆けて原油価格高騰を吸収して経済を立ち直らせた実績があります。今から40~50年前は、日本は輸出がGNPの70%を占め、輸出なくしては日本経済は成り立たない状況でありました。しかし、今日、その比率は逆転し、GNPに対して内需が70%を占めています。輸出は大事ですが、国内景気を良くするには内需を起こす必要があるにも関わらず、依然として政策者やマスコミは輸出中心の考え方を持っており、且つ経済社会システムを輸出から内需中心に切り替えられなかったことに大きな原因があります。尤も、輸出中心の考え方が日本の農業を破壊したのであり、今日では企業改革に対しても外国資本依存中心の考え方で日本の社会システムを破壊したのです。今や、赤字国債が800兆円までになった現状を考えると、円の問題は企業力を越えて国力の問題となっており、円高は望めそうもない図式が浮かび上がります。此れまでに蓄積した国富も円安と政治不信により海外に流失しております。色々な考え方があるとは思いますが、私は国民の一人として全体の流れに惑わされないで行こうと思っています。特に、当社に資産の活用・保全を依頼する方々に対して常に確かな情報の提供を行ってゆきたいと考えています。

不動産投資の好機?

ここ数年の不動産業界はバブル経済期と同様な展開であったが、不動産に対する融資規制で新興不動産会社の経営危機が浮上し、ファンドの50%が崩壊すると言う予測が現実のものになりつつあります。1992年に不動産バブルが崩壊し、バブル経済も1994年に終焉して以来、日本経済は政治・行政の舵取りの失敗で長く低迷し、数年前に中国経済成長の特需を受けて漸く浮上するかに見えた矢先にサブプライム問題で再度失速危機にありますが、今回の危機がバブル経済崩壊と全く異なるのは銀行金利が低い事であり、この先の大幅な金利上昇は日本の状況から絶対に有り得ないと判断できますので、資源高騰の影響で建物の再調達原価が上昇する今こそ不動産取得の好機と思えます。勿論、一部のエリアで上昇しすぎた土地価格は下落するのは避けられないが、多くの不動産は現在でも適正な水準にありますので、消費者物価の上昇を受けて不動産投資の好機と考えます。

資源高騰はグローバル経済化が起こしたもの

1年前の原油は1バーレル40~50ドルであったのが、今や1バーレルが140ドルを越えています。ドル安が原油価格を押し上げているかもしれませんが、米国政策の代替エネルギー補助金制度(1バーレル75(?)ドル)が機能して穀物生産農家は食糧としての売買を行わなくなり、日本でも養鶏・養豚・酪農を営む生産者がエネルギー高騰と二重の痛手を受けています。私が、2年以上前に三井物産のOBの方に米国の代替エネルギー補助金制度を聞いたのですが、その方は顧問先の食品会社に将来の輸入原材料の入手に対して警鐘し、北米に工場を作るように提案した事を私は上の空で聞き流していました。それが真逆、2年後にその様な状況が起きるとは思わず軽視したことを後悔しています。翻って、日本の農業政策を推進する行政・団体・政治家は何をやっていたんだろうと思います。私に入るような情報は当然に入っていたと考えられ、その業界と無縁な私と同じように軽視していたのだろうかと思います。米国が代替エネルギー補助金制度を制定したのは何年か分かりませんが、少なくてもグローバル経済の行く先を見据えていたのは確かな様な気がします。グローバル経済は発展途上国を生産委託によって豊かにしますが、その反面、有限的な資源に対して需要が高まり、価格が上がるのは必然でした。尤も、科学技術の発達もあり、その需給バランスを改善する技術も出来るのでしょうが、一時的にはアンバランスが生じて今回の様な資源の高騰を招くのでしょう。また、世界経済が資源インフレで成長が鈍化すれば資源の需要も減少し、価格が下落するのでしょうが、一度お金持ちになると生活レベルが下げられないのと同様な現象が資源問題にも起こることを考えるとどの程度の下落になるか判断が難しいかも知れません。

福島県矢祭町の議員報酬「日当制」の意義

矢祭町(ヤマツリマチ)は私の故郷・茨城県に隣接した福島県の町です。同町が今年3月に全国で初めて議員報酬の「日当制」を導入したとの記事を読みました。私はこの記事を読んで、地方自治の議員報酬制度の回帰であり、財政難であれば当然と思いました。私の記憶では、父が地方議員の職を得ていた1960年年代迄は議員報酬は「日当」であったと思うからです。私の父は昔で言う「井戸塀政治家」であり、母は仕事より政治に打ち込む父に対して良く愚痴を言っていたことを思い出しました。政治家の家族にとっては議員報酬は「月給制」の方が良いのは当然ですが、議員は本来はボランティアや名誉職の領域と考えるべきではないかと思います。特に、現代のように役人の意のままに動かされている政治家を見ると、勉強もしていないで、然も国民不在の政争ばかりしている姿を見ると特にそう思います。地方自治の場合は議会が機能していないので「日当制」で十分であり、中央においても各選挙区の投票率が50%を割った時点で選挙区の代表者となる候補者を選任しない制度も必要と思われます。少ない投票率で当選して選挙民の代表者として威張られても困るからです。

棚卸資産の低価法適用は企業にとって足枷

先日、某大手不動産会社の法人仲介営業部の方から久し振りに電話が入り、彼が棚卸資産の四半期ごとの低価法会計について問題点を指摘していました。確かに、時価会計による低価法会計は聞いていましたが、四半期毎に行い、然も棚卸資産に関しても行う事には行き過ぎと思えました。彼も固定資産なら減損会計は理解できると言っており、私もその意見には同調しました。勿論、棚卸資産について会計士が現状の意見を聞いた上で価値判断を行う事は推測できますが、この事を突き詰めると会社の企画力などが会計士に判断できるのかと言う問題に帰結します。不動産の価値感は会社によって判断基準が異なるのは当然で、そうでなければ企画力など必要ない事になります。どうも世の中は机上の理論の悪弊に陥っている様であり、それを助長しているのは会計士の自己保身と思えます。会計士と言えども不動産業界の実務の知識は希薄なのに、時価会計に大きな影響力を有するのは危険と謂わざるを得ません。棚卸資産の四半期ごとの低価法会計など企業も活力を奪う何物でもない意見は極論でしょうか。
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