大阪市長選で懸念する警察の動き

大阪市長候補の橋下さんを潰す為に大きな力が動いている。全く関係ないと思っていた島田伸介の暴力団交際による芸能界引退劇も敵の本能寺は橋下徹と言う政治家に対する攻撃の幕開けであった事が今では分かる。最初は大阪市長選相手の平松候補の仕掛けかと思ったのだが、平松候補の立候補演説を聴いて買いかぶりなことを理解した。尤も、一時は平松候補が米国NYに駐在していたことがあるためにCIAとの関係も疑っては見た。しかし、メディアを通した執拗な橋下候補攻撃には疑問が湧いてきた。ひとつ言える事は今回の橋下候補の攻撃には警察官僚が絡んでいる事実だ。警察を動かせる存在となれば限られてくる。遠い日々になるが、私の亡父が警察官僚の陰謀によって選挙違反を仕組まれ、21日間警察署の留置所に拘留されたことを思い出した。この事件は亡父が参議院全国区から立候補した人物を仕事の関係で茨城県における選挙対策本部を引き受けることになったことに起因した。亡父は当時村議会議長であったが、思想的には革新系であり、革新無所属であった。しかし、参議院立候補者は自民党から出馬していたので、亡父は知人の茨城県の古参の自民党党員である町議会議長を選対の本部長に立て、本人は事務局長として実質的に選挙を仕切った。私は当時学生だったが、東京から戻り兄とともに選挙を手伝った。最初に後援会事務所を開き、選挙開始時には同所を選挙事務所とした。後援会活動のときに午前中に事務所に車で来た時に運転手つきの警察官が道路に停車して後援会事務所を見上げていた。その時は何とも思わなかったが、後日考えるとその警察官は茨城県警の本部長で敵情視察であったと気がついた。応援した参議院候補は30歳の若さで立候補し、義父の兄は右翼の大物であった。亡父はこの右翼が持つ利権を収奪しようとした田中角栄と後藤田正晴の争いに巻き込まれたのである。この時に警察を糾弾すべき事が起きた。警察が右翼活動している男を亡父の選挙事務所にスパイとして送り込んだのである。この男は後援会本部事務所に来訪し、右翼の大物を尊敬しているので選挙活動を支援したいと申し出てきた。亡父は何の疑いも無く選挙活動の一員に取り立て、右翼活動しかしていないこの男の家族のために報酬まで支払ったのである。この男が警察のスパイと分かったのは、亡父が逮捕されて警察から選挙違反の証拠として示された書類等を見せられたときである。この男は後援会活動の時の書類を保管し、指示されたことをその時に行わず、選挙開始後に実行したのである。明らかに亡父が選挙違反を行ったかの様な既成作りの行為であった。亡父は一本気な男であり、曲がった事が大嫌いな性格であり、然も気性が激かしかったので、選挙の投票日に投票所で逮捕されて警察署で取調べを受けた時には徹底して警察と戦った。警察の拘留が終わり、検事拘留になり、厳しい検事の取調べを受けたが、亡父は断固として否認し、21日間の拘留を受けた。当時は今と違い、検事が証拠を捏造したりする時代ではなかったので、最終的には警察の反対を押し切って拘留を解き、否認調書を作成して起訴猶予となった。私は警察の卑劣さに今でも憤りを持っており、国家権力で人を陥れるのは共産主義の警察国家だけでなく民主主義の日本で堂々と行われる事を知ったのである。田中角栄や後藤田正晴の卑劣な姿を知らない人達は評価しているが、私はあれほどの糞野郎を見たことがない。田中角栄の晩年が惨めな姿になったのは天罰であろう。後藤田正晴はその後も官界に影響力を及ぼしてなくなったが、天罰は女性問題で世間を賑わした孫の後藤田国会議員に下ると信じている。天網恢恢疎にして漏らさずとはよく言ったものである。大阪市長候補の橋下さん攻撃に警察官僚を動かし、またメディアを動かすのを見てこの行為を断固許すべきでないと思った。現時点では、関西電力や財務省の影がちらついているので、何れかかそれとも両者が絡んでいるかもしれない。このため、橋下候補に警告したい。警察のスパイが選挙違反をでっち上げるために入っているかもしれないので注意しろと。そしてその後ろにいる巨悪を叩けと言いたい。遣られたら遣り返せが鉄則だ。

TPPは新保護貿易主義の変形ではないか?

TPPのTrans Pacific Partnershipは、所謂多国間自由貿易主義と名付けられているが、実態は囲い込みの新保護貿易主義に他ならない。IMFのトップが来日して自由貿易を維持するためにECを支援して欲しい旨の発言をしたが、EUこそユーロを統一通貨として保護貿易に向かいつつあったのではなかったか。1930年の大恐慌後の保護貿易主義は英国など植民地を有している国々が植民地貿易を盟主国が独占したもので、現代の様相とはまるっきり違う。米国のTPP推進はEUを睨んでの貿易国の囲い込み競争の感がある。EUが貿易において基準作りを始め、各国がEU内の諸国と貿易する為にはその基準を守らなければ行わせないと言うことを進めた。このことは一種の保護貿易主義の変り種なのに、日本の政治家や官僚、そしてマスコミも能天気に単なる基準作りと考えている節が見える。しかし、米国はEUの狙いを読み、更に中国の台頭を抑止することを目的にTPPを打ち出したのである。自由貿易主義を推進するのは各国に違いがあるのは当然なので国対国の交渉で行うべきものである。ロシアも新保護貿易主義の匂いを感じ、旧ソ連時代の衛星国との再連携を打ち出した。この流れから中国もTPPと同様の経済圏の囲い込みを開始すると想定できる。日本の政治理念からすればTPPの参加は理念から外れるものであり、危険な新保護貿易主義の競争に加担することになってしまう。日本は明治維新後の国づくりで大きな誤りを犯したのに、再度TPP参加で誤りの道を歩もうとしている。日本はアジア人である。中国と韓国、そして台湾を貿易関係国とし、更に東南アジアの国々との経済連携を強化することが重要なのである。米国はアジアの国ではない。太平洋国家の一員でもない。米中に対し等距離を置く事こそ日本が世界経済に貢献できることである。馬鹿な政治家と馬鹿な官僚がマスメディアに誤魔化されて間違った道を進んでいる。絶対に阻止する必要がある。多国間自由貿易主義とは新保護貿易主義の台頭であることを理解すべきだ。

尾道散策

    2011-11-13 09.06.10.jpg8年振りの尾道行きだった。パートナーの故郷なのだが、私が同伴するのは法事だけである。今回も前日に法事を済ませ、翌日に尾道散策をした。尾道には福山から自動車で行くことが多かったので、林芙美子の「放浪記」の冒頭に出てくる"海が見える、海が見えた、5年振りの尾道の海だ、なつかしい"は在来線の電車で行かなければ見れない風景だった。今回は林芙美子の世界に触れたくて在来線の電車で尾道に入った。まさに、林芙美子が見た風景が現在でも変わらなくあり、尾道に行くには新幹線や自動車ではなく、はやり在来線の電車で行くべきと痛感した。尾道駅に降り、1km離れた船着場に行き、渡し船に乗船し、向かい側の向島に渡った。この島に渡ると尾道の町が一望できる。パートナーはこの向島に育ち、高校には毎日渡し舟で尾道の町に渡り、2km位の道のりを通った。途中から急な坂になるので、逞しい足になったのであろう。子供の頃育った向島の船着場周辺を歩き、再度渡し船で尾道市街に戻った。NHKの朝ドラの「てっぱん」で尾道の風景が良く流されたが、実際の撮影は周辺の島の造船所などの風景を使ったので、朝ドラの風景を見ようとすると尾道市内と向島だけでは見れないそうだ。海運輸送の江戸時代には潮溜りの停泊地であり、尾道商人が財をなし、多くのお寺さんを山の斜面に造った。明治以降は回船の輸送が寂れたが、日立造船が進出し、戦後の造船ブームには景気が良かった。しかし、何時も思うのだが、尾道水道は海ではなく、川の様に見えて仕方がない。尾道を訪れる人は誰しもが思える風景と言える。文人、志賀直哉も「暗夜行路」に同様の感想を書いている。現代の尾道は造船業の衰退で商店街は他の地域同様に寂れ、シャッター街となっている。しかし、昨今は観光ブームで若い人たちが頑張って来ており、懐かしい街として少しは良くなっている様だ。昼にお好み焼きの尾道焼きを食べることにし、商店街で聞いた店に入ったが、パートナーの評価は厳しく、然もへらで鉄板の上から直に食べれなくて憤慨していた。私は皿でも十分に熱いままで食べれたので良かったのだが、作り手の手先が不慣れだったこともあり、パートナーは納得していなかった。極めつけはおたふくソースではなく、カープソースを使用していたのにも憤慨していた。広島人のお好み焼きに対する拘りを見せ付けられた思いであった。今回の尾道散策は満足すべきものであったが、途中で尾道出身の漫画家のかわぐちかいじ、代表作は"沈黙の艦隊"、が尾道美術館で「尾道の人物誌」を描いていたのを知ったが、山の上であったので行けなかったのが残念だった。次は3年後に来る予定であるので、今度はどの様な旅にするか今から楽しみだ。 NCM_0015.JPG  
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