三井不動産レジデンシャルが販売した横浜市のマンションの杭工事に施工上の問題が発見され、建替えが余儀なくされた。今回の様な建築物の施工上の不良工事が建築基準法に係る確認申請手続きの規制緩和以降に相次いで起きている。新聞沙汰になる施工不良は氷山の一角として認識する必要が出てきた。何故に不良工事が多くなったかは様々な要因があるが、大きな要因としては行き過ぎたVE(バリュー・エンジニアリング)があると推定できる。
今回の事件を起こした三井不動産レジデンシャルは、建築基準法に係る確認申請手続きの規制緩和における問題点を先取りし、社内に建設会社の工事担当OB100人雇用して施工現場の強化を実施していたことを仄聞している。強化した理由は、規制緩和以前は確認申請手続きに際しては基本設計・実施設計の図面を完成させる必要があったが、規制緩和以降には基本設計と最小限の実施設計の図面で確認申請手続きを行うことが出来るようになり、確認通知が下りてから建設会社に不足する実施設計の図面を描かせるシステムになり、この実施図面作成の段階でVEを行い、コスト削減が図られる様になった。この為、デベロッパーは従来の建設会社に対する発注スタイルを変更する必要があり、施工管理に対する新たなチェック体制を構築したのである。
しかし、その後に構造偽造事件が起きて建築確認申請手続きを含めて建築士に対する再規制強化が行われ、今回の事件が起きないような法的な処置がなされているのである。それにも拘わらずに不良工事が後を絶たないのは、別な理由が生じていると考えられる。その原因のひとつと思われるのは、IT技術によるコスト削減の施工方法だ。今回の杭工事のVE適用には、杭工事にセンサー機能を付けて地盤の高低差に合わせて杭の長さを変える技術だ。以前には建築敷地内で数ヶ所のボーリング調査工事を行い、そのN値結果を基に杭の長さ等を決めたのである。今回の様に基礎杭が場所によって長さが異なることはなかったのである。確かに、地下地盤は一様ではないので、一番N値が出なかった場所に合わせた杭の長さは無駄な面があることは事実と思われる。しかし、今回の事件で分かったことは、施主も元請けの建設会社も杭工事の下請け管理者に任せてセンサーによる杭工事のチェック体制を怠っていた事実である。
勿論、今回の事件は個別的な理由に帰したのでは間違った判断が起きると考えられる。最大の理由はコスト削減に対する基準的な考え方が失われ、理由なきコスト削減が施工現場で強いられている現実である。VEとは仕様変更なしに建設コストを下げる技術である。デフレ経済で幾ら物価が下がっているとは言え、安全な建物を建築するにはコスト削減にも限界がある。しかし、その限界を分かった施主が少なくなり、東日本大震災以降は建設現場の労働力不足もあって技術でコスト削減する方法が相次いでいる。新しい技術でコスト削減を図ること自体は間違いではなく、時代が要請したものなので否定することは出来ないが、問題は施工現場の技術者たちの能力が追い付いているのかと言う危惧である。
確かに、建設現場にはBIMとか見える化が図られた技術やタブレットによる遠隔管理体制、更には今回のセンサー技術によるIT技術の活用など目覚しい動きが出ている。しかし、忘れてならないのは、最終的には人間の判断が必要な事である。
コスト削減や工期短縮には、品質管理の面で新たな問題点が生じている。基本的な記録管理がなされていなく、設計変更などが十分に各現場担当者に伝わっていないと言う問題である。問題が起きた施工現場では、「書類の不備」、「設計図チェックの不十分」、「施工計画書チェックの不十分」、「設計図と施工図と現場が食い違う」と言う異常事態に誰も気が付かなかったと言う、日本の物づくりなど消えてしまいそうな恐るべき現状だ。意図的か意図的ではないかは分からないが、現場にモラルハザートが起きているのは間違いない。
米国の社会を理想とする日本を考えると品質管理の杜撰さなど今後も出てくる問題と思われるので、建築物を発注する場合には施工監理を重視してお金を掛けることをお勧めする。