なでしこジャパンの快進撃に思う

サッカーの女子ワールドカップでなしこジャパンの優勝が見えてきた。最近の日本女性の活躍は目を瞠るものがある。、私の友人は20年以上前からこれからは女性を上手に使う会社が伸びると遇う度に指摘してきた。友人は長く米国に生活していたので女性の社会進出を見て来たゆえであろうが、同時に彼の奥さんは通訳のキャリアウーマンであることも影響していたのであろう。3年前に転職して再度米国に戻ったのだが、その会社でも友人のキャリアウーマン好きは有名らしい。尤も、最近は男性と違った女性の扱いの難しさも経験している様で手放しではキャリアウーマンを絶賛はしていないが。サッカーのなでしこジャパンの強さは現代の日本社会を投影している事は確かだ。男性が内向き思考になっているのに女性は外向き思考が強い。この差は何処から生まれてきているのかと考えると、家庭と母親に行き着く。勿論、女性の強さは何も今から始まったことではなく、社会的な活躍は女性の社会進出の増加と相俟ったものと言える。問題は男性がなぜ女性に比べて弱くなったかの方が問題と考える。最大の原因は母親が父親を子供の前で一家の大黒柱として尊重しなくなったことが大きいと思われる。私が育った環境から考えると母親は優しく、父親は強く怖い存在であった。確か、何かの本で読んだのだが、母親が強く父親が弱い家庭の子供は不良になる確立が高いと書かれていたのを思い出した。現代日本においては、母親が父親の不甲斐なさを子供前で平気で口に出すことが子供の成長に、特に男子の成長に害をもたらしているのではないかと考えてしまう。私の母は父に対して多くの不満を持っていたかもしれないが、子供の前では一度たりとも愚痴などを言った事はなかった。勿論、同じ年で結婚したので良く喧嘩はしていた。私は末っ子なので母から一番可愛がられていたために、両親が喧嘩をした時に父から不条理ともいえる扱いを受けたこともあった。尤も、不条理なのは時間的な問題で、叱られた内容に関しては当然な理由があり母としても庇えない知能的なものであった。何れにしても私が不良にならなかったのは、母が父の威厳を子供たちに見せる努力をしていたからと理解できる。確かに、日本女性の活躍はあっぱれであるが、現代の女性達が母になった時に優しさを兼ね備えた強さを持ち、且つ子供の父親に対して一家の主として立てる聡明さがなければ間違いなく日本の良き社会は崩壊すると断言できる。いや、もう崩壊しつつあるかもしれない。到る所で子供を叱る母親を見ていると、何時の間に母親が父親になってしまったのかを考えてしまう。少なくても私の子供時代には母にヒステリックに叱られた記憶がなく、優しさだけ思い出される。

放射能汚染牛の売買は政府の怠慢だ

福島県南相馬市の畜産農家の放射能汚染牛が市場に出回り衝撃を与えている。マスコミによれば行政指定の飼料でなく汚染された干し藁を食べさせた事による汚染とのことで、政府と行政の責任逃れのインチキ報道だ。被災に遇い、資金不足の農家が行政が指定した飼料を購入出来るのだろうか。原発事故直後にも放射能拡散地域から食肉牛が取引されて市場に流されたとの週刊誌記事を見た。今回の事件はその教訓を生かしていない政府と行政の怠慢が引き起こしたと思われる。放射能拡散地域の農業と畜産の農家が補償の範囲も対称も金額も分からない中で犠牲を強いられている。農家はサラリーマンの様に仕事をしなくても給料が貰えるシステムではない。全てがスローペースで行なわれているのは給料取りの役人と政治家の原因だ。そう言えば、自民党の代議士が蓄えのない者は他人が一生懸命に働いている時に遊んでいた者なので擁護する必要がないと言った事を思い出した。零細農家や畜産農家が借金を抱えて中小企業の自転車操業と同様であることなど省みない。今回の大地震と二次災害の原発事故で途方に呉れている農家に対して何等の手も差し延べていない。働かなければ食えない人達は放射能が怖くても移転はできない。然も、補償も対象かどうか分からない自主避難のエリアなら尚更だ。NHKの報道で司会者が、被災地の方は被害者だが、放射能汚染牛を売ったならば何時までも被害者とは言えないと暴言を吐いた。政府と行政の怠慢が引き起こした事を追求しないで畜産農家を非難する報道は許せない。そもそも自主避難とはどの様なことを意味するのか。官僚の無責任な意見をそのまま採用する民主党政権は何が政治主導だ。指定した飼料は価格は幾らか。畜産農家が原発事故の被害者であるのに、何故強いられて負担を掛けさせられるのか。政府が進めている補償の仕組みも出鱈目だから被害者が加害者扱いされてしまう。被害者を加害者などと言うNHKなどに放送料を払うな。政府擁護の国営放送などに金が払えるか。日本は全てが狂っている。

原発事故で政府が責任も取らないのに節電などする必要はない!

今夏は福島原発事故の影響により大半の原子力が稼動せず電力が不足するので政府は節電を呼びかけている。然し、良く考えると、福島原発事故において東電の社長が辞任した位で、会長は居残り、政府も関係省庁も誰も責任を取っていない。原発に関しては安全検査が官僚の天下り利権と政治家の建設などの利権で甘くなったために起きた事故なのにである。現在は事故の原因より再生可能エネルギーに眼を向けさせて経済産業省にだけ責任を強いる世論誘導は許せないものである。福島原発事故は人災なのが分かって来たのだから、東電の経営陣に対する責任と今回の事故に対する政府の対応の責任を明確にして初めて再生可能エネルギーの問題の取り組むべきだ。日本人は今回の節電に対して無批判に受け入れているが、この様な考え方が戦前の無謀な戦争に突入させ、戦争に反対する者を糾弾したのである。政府や関係省庁及び東電が何等責任を取らないのに節電などに協力する必要がない。若し、節電しなくて大停電が起きたら政府の責任として内閣は辞職すべきであるし、関係省庁のトップ並びに東電の経営陣も停電に対して責任を取るべきである。国民が甘いからマスコミもインチキ書き放題だし、政府も役所も遣り放題だ。節電などに協力しない事が日本を良くする最大のチャンスだ。膨大な財政赤字にしても国民の要請で使った様な言い方で責任転嫁しようとしているが、役人の天下り先と政治家の利権でもって増加した大量の国債発行のために国民が負担する謂れがない。国に金がなければ役人を減らし、政治家を減らし、組織を縮小してから国民に負担を強いるべきだ。節電にしても電力が足りないから節電しろなどと国民に転嫁する遣り方が通用しない事を見せるべきだ。節電などする必要はない。大停電を起こさせて菅首相を退陣させろ。経済界で主流である破壊と創造を国政にも導入することが重要だ。国民が政府に従わない事が破壊に繫がる。壊す事を怖がっていては改革はできない。壊してもこれ以上悪くはならない。政治家と官僚の利権を崩壊させ、公益事業を新しい時代に改変させる事が重要だ。

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