今朝の日本経済新聞の"あすの話題"と言うコラムに面白いことが書かれていた。書いたのは元中国大使の宮本雄二氏だ。書き出しは霞が関の官僚に対する国民の見る目の厳しさなのだが、中段では官僚もプロになる必要があると指摘し、後段では官僚が忙しくて勉強の暇がない理由として国会対策の為なので、霞が関改革=国会改革と結んでいる。コラムでは英国では国会対策は国会にいる政治家の仕事と聞いていると書いている。
確かに、衆参議員合わせて750名を超える国会議員が居て何をやっているのかと言うのは正論だろう。このコラムを読んで子供時代に地方議員であった父が話してくれた事を思い出した。国会を視察した時に議長が官僚が書いた書面を読み上げていたのを見て国会議長は楽な仕事と思ったとのことだった。当時、父は地方議会の議長に就いており、議事進行に係る書面は自分で書いていたそうなので、国会議長が人の書いた書面を棒読みしている姿は奇異に映ったようだ。そう言えば、国会議長か大臣か忘れたが、国会の議事で何ページか飛ばし読みした議員がいた事を思い出した。確か、糖尿病か何かで目が悪くなった国会議員だった。自分が書いた書面あらば飛ばせば直ぐに分かるが、他者が作成した書面では気が付かないのも無理はない。
勿論、国会対策は与野党国会議員の調整にも使われている事を指すのであろうが、官僚にすべてお任せの国会議員ならば存在価値などありはしない。多くの国会議員は暇なので碌な考えしかしないのだろう。政策の勉強もしないで政争だけに忙しい国会議員を見ると、戦前・戦中の軍人と全く似ているのに驚く。昭和時代の軍人は料亭に陣取って明治維新の志士気取りで酒を飲んで気勢を上げていたらしい。この為、欧米諸国の軍事力や近代戦は総合力であることも気が付かず、無謀な戦争に国民を巻き込んだ。
今の無能な勉強をしないで政争ばかり行っている国会議員を見ると戦前の軍人がオーバーラップして不安になるのは私ばかりではないと思われる。そう言えば、維新の会などの議員集団が生まれてまるで一緒だ。情報社会はIoTに入り、次のステージに移ってセキュリティ問題も複雑化したのに政治家も官僚も危機感がないらしいことを聞いた。知恵どころか知識もない国会議員に多額の報酬や調査費、秘書手当を支払うのは百害あって一利なしだ。
官僚が国を思うならば、国会対策に手を貸さないで、政策も国会議員に作らせるべきではないか。馬鹿な政治家に日本を任せられないとして手を貸した結果が、国会議員は政争に明け暮れて政治を行わなくなった。今の国会議員など存在価値がないことを国民に知らしめることが国を救う道だ。