経済的合理性の推進と非常時に活用できる見えない備えの減少

現代の社会はソフトとハードともコスト削減などの成果を重視する余り、「無用の用」で支えられてきた非常時の備えに対して次第に脆弱になってきていると感じる。良く製造業界に関しては、在庫を抱えない事が短期利益を生み出す最上の方法と考えられ、トヨタの製造方式に習う企業も多い。しかし、製造現場は合理的に行なっても販売現場ではお客は待ってくれないので販売在庫を持つ事で機能している。一方、流通業界などでは倉庫に一定規模の在庫を持つのが普通だが、これに関してもIT技術の在庫管理や問屋を通さないシステムの拡大などで次第に倉庫に物資が保管される量が減少して来ている。一企業から見れば、在庫を多く抱えるのは無駄なので、経営的に利益を上げるのに在庫を少なくする考えは基本的な考え方なので否定はしない。問題は、現代の社会経済システムでは非常時に対する考え方が、無駄と言う一言で考慮されていない怖さである。勿論、行政が企業の経済合理的活動で減少する非常時に機能する目に見えない備えの部分を補完するなら何等問題がない。しかし、現実は小さな政府と言う事で民間のいわゆる無駄な部分を補填する政策は出てこない。何が主張したいのかと言うと、分かりやすく言えば最近の建築物は水道の圧力が強くなったこともあり、多くが直結方式で貯水槽を持たない中小ビルが多くなってきた。その上、トイレなどもスペースや衛生面などからタンクを持たない方式に変わってきている。此処まで書くとお分かりの様に、突然水道水が供給されなくなったら、トイレは直ぐに使えなくなるし、飲料水も建物内の配管内の分だけとなる。現代社会における経済合理性から見た無駄は、実は非常時には一時的ではあるが有用な働きをすることになるのである。食糧にしても同様である。流通における在庫は、非常時の備蓄分として計算できるのである。もちろん、経営者や経済コンサルタントは政治家でないのでこの様な事を考える必要はないが、当社の様に建築物の計画や建設に携わっている会社としては無駄な部分の必要なのが痛いほど分かるからである。社会は矛盾があって当たり前なのだが、頭の良い人達はその様には考えない。特に、IT社会は容易く情報が入るからか、それとも情報入手の課程で脳に障害がおきるのかは知らないが、物事を探求したり、多面的に考えることが出来なくなってきたと思われる。金融危機で分かったことは、現代の社会システムの全てが非常時に対して無力であり、逆に助長してしまったことである。現代IT社会は知識はあっても知恵がない人が多くなった。
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