自動車会社の型式指定(認証)の問題について

自動車会社の型式指定の不正(?)の報道が続いている。最近ではトヨタが型式指定の不正報道で大騒ぎだ。型式指定は大量生産に対する安全チェックの省略化を目的とした制度と言われている。型式指定の不正を免れる自動車会社が居ない事に疑問を持たざるを得ない。トヨタの場合は多くの不正が事前設定値より厳しく扱ったものであるが、それでも設定値の違いとなり不正になるらしい。紋切り型の対応には釈然としない。もう一つはエンジンの数値の不正で、これに関しては言い訳が出来ない様だ。しかし、設計の自動化のシミュレーションの導入で設計上においては正しいものの、ハードの制作現場ではその数値を実現できないと言うソフト重視の問題があった様だ。日本のモノ作りが時代遅れでハードではなくソフト重視が言われて久しいが、ハードがソフトについて行けない問題を指摘したものはない。ハードを効率的に使うソフトの技術は否定しないが、ソフトでシミュレーションしたものでも成果が出ないモノもあると思われる。型式認証で思い出されるのは三菱重工業のジェット機が米国の型式認証が取れずに最後には断念したことが思い出される。ジェット機なので自動車と比較して数段厳しいのであろうが、日本にその認証する技術力がなくて世界に売る為には米国の型式認証を取る必要があるのは仕方がないが、中国などは米国の型式認証を取らずにジェット機を製造し、発展途上国に販売している。ロシアやその他の反米国は同様であろう。自動車も過去には輸出など出来ない時代は薄っぺらのボディでも型式認証が取れたと思われる。それが民間の自動車開発に対応できない国の型式認証を扱う部門が不正摘発を金科玉条にして権威を振り回すと自動車産業がつぶれる。グローバルの時代だから日本で型式認証を取らずに米国の型式認証を取ればよい位の発想があっても良い。米国はリアリズムの国だから細かい部分の型式認証の代わりに製造工程で問題があって自動車が事故を起こした場合には多額の賠償金を課される。科学技術が高度化した現代においてはチェックしきれないので、自助努力の製造責任による賠償責任で解決すれば良いと思われる。日本の官僚は柔軟性がなく、一度手にした権力を手ばなさないので最悪だ。民主主義とは自己責任の事だ。日本の衰退はバカな政治家と官僚に帰結する。

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