小泉改革以降は誰も責任を取らない風潮を生み出した
今の日本には「責任倫理」と言う言葉がなくなった。結果に対して責任を持つ事が指導者たる地位に就いた人の責務である。何時からかと振り返ると、不祥事を起こしても大臣が止めなくなった小泉政権以降と思われる。最近の例では、五輪の野球監督であった星野仙一の言動であろう。日本人の美徳であった「敗軍の将兵を語らず」の姿勢は何処に消えたのか。相撲界に到っては、理事長始め多くの親方と呼ばれる人が指導者としての教育を全く受けていない様な言動には驚く。名選手が必ずしも名監督になる訳でないが、世間は名選手が名監督になるのを期待する。戦後の日本ほど指導者の教育を疎かにした国はないかもしれない。責任を取らない風潮が、多くの現場でケアレスミスを引き起こす。小泉は今でも海外では改革を行った政治家として評価が高いが、昔から「お前は良い奴」と言う言葉は、「自分にとって都合の良い奴」と言う言葉である。小泉時代にどれだけ国富が海外に流失したか後世の歴史家は驚くであろう。利口な人は己を知るが、馬鹿は己の力量を知ることが出来ない。自民党の総裁選にも多くの己を知らない者が立候補している。小泉クラスが出来たのだから俺でも出来ると思っているのだろうが、この考えも「責任倫理」の喪失から来ているのであろう。そうでなければ国民の運命を左右する指導者に簡単に名乗り出れる訳がない。絶望的な時代である。
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