金融危機は資本不足に陥った金融機関への資本注入が一段落しなければ納まらない

米国発の金融危機は欧州にも飛び火して沈静化に対する対応が始まった。1920年代の大恐慌は米国の株式暴落に始まった印象が強いが、実際はその後の景気悪化懸念から生じた金融機関の信用収縮でおきたものである。今回も株式暴落で大恐慌を懸念されているが、株式暴落より怖いのは金融機関の信用収縮である。これについては過去の経験から多くの人が理解しているが、問題は政治は色々な思惑で動き、早く手を打つ必要があるのにタイミングを逸する事である。今回の米国、欧州の政治家の動きを見ていると日本の愚かな政治家と同じであることが分かった。特に、政治がメディアの影響を受けやすくなり、ポピュリズムが台頭してきた今日では今回の様な危機に対して政治家が弱い事を露呈した。もちろん、米国で生まれた金融手法が過剰な投資で世界中に仮想需要を創出し、一見すれば永遠に豊かな社会が構築されるような錯覚を与えた結果が、サブプライム問題で嘘である事が分かった瞬間壊れたのである。このため、本格的な経済の回復には、金融機関に資本の注入をして市場の信頼を取り戻す必要がある。米国が1980年代に規制緩和と小さな政府をスローガンにした政策は、グローバル経済へと発展し、格差社会をもたらし、食の安全まで脅かし、最後は資源高騰でナショナリズムまで引き起こして幕を閉じようとしている。日本もバブル経済崩壊後に米国を教本として先祖がえりの格差社会で競争原理を導入し、規制緩和政策を進め、小さな政府ヘの転換を進めたが、現状を見ると国の借金は増えるばかりであり、その上人心は荒廃し、金権主義者が横行している。先頃、日教組を批判して辞めた大臣がいたが、今の日本の現状は日教組だけでなく、米国流の教育を導入し戦後の日本教育を指導した文部省にも大きな責任がある。正に教育が国づくりの基本である。今更ながら思われる。
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