日本にはリスクマネジメントは根付いていない!!

日本は世界でも類を見ない災害発生可能性エリアに位置しており、日本国民のDNAには大災害に対する記憶が刻み込まれていると思われる。しかし、現代社会の様に科学が発達していなかった時代での大災害に対する術としては、大災害に立ち向かう意識よりはどちらかと言うとじっと我慢して耐え抜いて記憶の彼方に追いやる方法しか選択はなかったと思われる。日本人は台風一過性民族とも言われるのは、どんな災害でも時間が解決してくれると言う楽観的な考え方でしか生きられなかったためかもしれない。日本には四季があり美しい自然に恵まれているのは、大災害の危険地帯に位置する天の恵みかもしれない。勿論、日本人は自然の驚異に一方的に敗者となっていたわけではなく、その時代で可能な技術水準で自然に対してササヤカな抵抗を行なって来たことも確かである。しかし、喉もと過ぎれば暑さも忘れる諺の様に過ぎ去ったことに執着する日本人は少数派と思われる。長い時間の中で培われたDNAを変えるのは容易ではない。阪神大震災の悲劇は遠い記憶ではないのに今回の東北関東大地震には余り経験が生かされていない。幾ら都市型災害と広域地方型災害と違っても、非常時における組織の対応は同じな筈であると思われるのに平時の対応しか出来ていないのには驚きである。自衛隊を大量に投入すれば非常事態に対応できると考えての事であれば、戒厳令により自衛隊に総ての権限を集中させなければ出来る訳がない。被災地は行政機能も失われていることを想定して素早く手を打つ事が重要なのに情報がないとの理由で官邸は動かない。恐れ入り屋の鬼子母神だが、日本人は事前に想定して物事を決めると言う事には下手な人種である思われる。これは何も災害に対してばかりでなく、全ての範疇で起きている現象だ。後では取り返しのつかない建築物なに関しても楽観的だ。そのため、想定が狂うと対処の仕様がないのが現実である。色々な分野でリスクマネジメントを言われるが、今の日本社会にはそれが根付いているとは思われない。リスクマネジメントは現場を熟知しないと出てこない発想だからであり、日本企業のトップの殆んどが企画畑など頭でっかちの出身のために古来のDNAの欠点を払拭されていないからである。原発事故の東電もトップは正に現場軽視の連中で構成されている。
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